第104話 発芽
兵糧丸の作り方はそれ程難しいものじゃない。
米粉かそば粉か、きび粉や葛粉なんかに……水、砂糖やはちみつなどの甘味、お酒、ゴマやエゴマ、松の実を始めとした木の実や、梅干し、甘草や桂心などといった漢方を混ぜ合わせて練って丸めたら完成だ。
そのままでも良いし、乾燥させても良いし……火で炙っても良いし、蒸しても良いし、お湯に溶かしても良い。
そうやって作った兵糧丸のお味は……言ってしまえば作り方次第、作る者次第といった感じになる。
地方や流派でレシピが違って、何をどれだけ入れるのか細かい数字の記載がなくて、作り方そのものも大雑把で……。
そんなレシピしか無いものだから、美味しく作る気がない人が適当にやれば不味くなるし、料理になれた人が自分の舌と感覚を信じながら美味しく作ろうとすれば美味しくなるし……といった感じになっている。
実は子供の頃、アニメに出てきた忍者に憧れて、母親と一緒に兵糧丸を作ったことがあったのだけど、母親が料理上手なこともあって出来上がった兵糧丸はどれもクセになってしまう程に美味しい出来上がりとなっていた
ほんのり甘くて木の実が香ばしくて、もくもくとした食感が楽しい餅菓子、あるいは和菓子といった印象で……多分探せば似たような味のお菓子が、そこら辺の和菓子屋さんの棚に並んでいるに違いない。
兵糧丸の中には水渇丸という梅干しをたっぷり使って作る、その味でもって喉の乾きを触発させるものなんてのもあるのだけど、これもお湯に溶かして食べたなら梅昆布茶的な美味しさがあって中々悪くなかった。
甘くて美味しい兵糧丸を、まだ任務が始まったばかりなのについつい食べてしまって、後々食料に困った……なんてエピソードがあるくらいだからなぁ、不味いものではないのは確かなのだろう。
もしかしたら美味しくて栄養満点で、漢方などで健康にもなれる兵糧丸でもって厳しい任務に向かう忍者達のモチベーションを上げていたのかもしれないなぁ。
そんな感じに美味しいものだから、兵糧丸の保存性は本当にいまいちだったりする。
すぐに腐るものではないけども、長持ちするものでもなく……味と栄養、それと携帯性を優先したって感じなのだろう。
日本の携行食と言えばおにぎりが定番というか、王道だけども、おにぎりも決して保存性が良いものではなく……味と栄養、そして携行性を考えての品となっていて、あくまでこれは俺個人の考えなのだけど、その頃から日本人は食へのこだわりというか味へのこだわりというか、美味しいものを求める気持ちが強かったのかもしれないなぁ。
そんな兵糧丸を作るとなった際には漢方は使わない方が良いだろう。
甘草とかは内臓とかに結構な影響を与えると聞いたことがあるし……素人が下手に手を出して、体調が悪くなりましたなんてことになったらことだからね。
……なんてことを考えながら、ネットのレシピを探ってどんな兵糧丸を作ろうかと悩んでいると……もうそろそろお昼休憩の時間が終わるとなった所で、唐突にテチさんが「あ」と声を上げる。
それを受けて俺と、俺の肩の上のコン君が一体何事だろうかと視線をやると、テチさんは仏間の方を見やりながら声を上げる。
「すっかりと忘れていたが、高カロリーと言えば扶桑の種がかなりの高カロリーなのを忘れていたな。
驚く程の高カロリー高タンパクで……一粒食べれば数週間から一ヶ月くらいのエネルギーを確保出来るらしい」
なんてとんでもないことを言い出したテチさんの視線の先にある仏間……というか仏壇には
考えてみればあれ程の大きさの木の種なのだから、相応の栄養が詰まっているというのは当然の話で……扶桑の木の若木がどれ程の大きさになるのかは知らないが、普通の木よりも大きくなるだろう若木を育てるだけの力があの種にはあるはずで……それを食べたなら、当然それ相応の栄養を摂ることが出来るのだろう。
一ヶ月というのは誇張のしすぎなのだろうけども、もしかしたら三日分とか四日分の栄養になるのかもしれないなぁ……と、そんなことを考えていると仏壇が視界に入り込んできて……、
『あ!?』
と、今度は俺とコン君がそんな声を同時に上げることになる。
その原因は視界に入り込んだ仏壇の高杯の上にある扶桑の種にあった。
クルミによく似たまん丸の種で半円状の二つの殻を張り合わせたような形をしていて……今朝、仏壇のお世話をした時には異常は無かったはずなのだけども……二つの殻と殻の隙間からちょこんと、なんとも瑞々しい双葉の若芽が顔を出してしまっていたのだ。
まさか土も無し水やりも無しの状態で発芽してしまうとは……。
「……コン君、あれってどうしたら良いの?
あのままじゃ多分枯れちゃうよね……」
若芽をじぃっと見やりながら俺がそう声を上げると、コン君は「分かんない」と小さな、自信なさげな声を返してきて……そんな俺達の様子を見てか、こちらへとやってきたテチさんが仏壇の方をちらりと見てから声を上げてくる。
「ほー……扶桑の種を土に植えずに発芽させるとはな、やるじゃないか」
「えぇっと……? あれは何か凄いことっていうか、おめでたいことだったりするの?」
そんなテチさんに俺がそう返すと、テチさんは笑顔で頷き、言葉を返してくる。
「ああ、とても縁起の良いことだとされているぞ。
あの種は土に植えれば当たり前に発芽する訳だが、そうじゃない場合の発芽には種の持ち主の魂の有り様が関わっているというか、持ち主が善行を積んだかどうかで発芽する、しないが決まるんだそうだ。
……まー、そこら辺については迷信みたいなもので、あくまで偶然の作用だとされているが、それでも発芽させたとなれば評判が良くなるというかなんというか……正月番組なんかでよく見る福男のような扱いを受けることになるんだ」
「へぇ……なるほど。
……縁起が良いってことは分かったんだけども、その、発芽しちゃった種についてはどうしたら良いのかな?
流石に扶桑の木をうちの庭や畑で育てる訳にはいかないと思うのだけど……」
「ああ、それについては適当な器を用意してやれば問題ない。
扶桑の木が大きく育つには相応の土が必要というか、それなりの広範囲に根を張る必要があるからな。
盆栽のように小さな器の中に植えてやれば、広く根を張ることが出来ず、それ相応の大きさに留まることになる。
しばらくはそうやって縁起物として飾っておいて、良い頃合いになったら器ごと町会長辺りに預ければ良い。
そうしておけば後は町会長の方で、森の奥のしっかりと根を張れる場所に植え替えてくれるはずだ。
1年2年小さな器の中で育てても、そうやって植え替えてやれば問題なく大きくなるというのだから、凄い木だよなぁ」
と、そんなことを言いながら更に笑顔を弾けさせたテチさんは「よくやったよくやった」とそんなことを言いながら俺の背中をバシバシと叩いてきて……俺は何がなんだかよく分からないながらも、縁起が良いのならとりあえず、テチさんの言う通りにしておくかと、そんなことを思うのだった。
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