第96話 ドレスの試作品


 翌日、月曜日。


 家事や昨日のバーベキューの片付けやらで忙しく過ごしていると、いつもの時間にいつものエンジン音をさせながら花応院さんの配達車がやってくる。


 この時間に来るのは分かっていたことなので、縁側にはお茶菓子や座布団なんかが用意してあり……水を入れておいたやかんをコンロに置いて火にかけてから玄関に向かうと……いつもとは違う様子のニコニコ笑顔の花応院さんが、なんと呼ぶのかは知らない、クリーニングの際にスーツやらを入れておくあの袋……ドレスカバーって言うんだったかな? とにかくそんな感じのものを両手で抱えながら玄関へとやってきて、弾んだ声での挨拶をしてくれる。


 俺が困惑しながらも挨拶を返すと花応院さんが、ニコニコ笑顔を更に深いものとしながら抱えているそれが何であるかを説明してくれる。


「こちらは頂いた寸法を参考に、知人に作らせた試作品でして……栗柄さんでも着用できるかとお試し頂ければと思ってお持ちいたしました。

 ああ、ご心配なく、余り布でもって片手間に仕上げた品で、高価だとか金銭がどうとかいう品ではないそうなので」


 そう言って花応院さんはドレスカバーをこちらにズイと差し出してくれて、俺は驚きながらもそれを受け取って……軽く混乱する頭の中を整理しながら言葉を返す。


「ここまでして頂けるとは本当にありがとうございます……!

 お茶を用意しましたので、ひとまず縁側の方で他の荷物の受け取りやお話の続きをと思うのですが……」


 すると花応院さんはニコニコ笑顔のまま頷いてくれて……縁側に移動しての荷物の受け取りが始まる。


 荷物を受け取りサインをしたなら、縁側に用意しておいた座布団に腰掛けてもらって……沸かしたお湯でもって知識をフル動員してお茶を淹れて、縁側に腰を下ろしながら「お口に合えば良いのですが」なんてことを言って……湯呑みのおかれたおぼんをすっと差し出す。


 すると花応院さんはまだまだ熱いだろうに、湯呑みを持ってすっと飲んでくれて……「美味しいお茶ですねぇ」と笑顔でお世辞を言ってくれる。


 それを受けて軽く頭を下げた俺は……縁側から見える所にと思ってちゃぶ台の上に置いておいたドレスカバーのことをちらりと見てから声を上げる。


「えぇっと……試作品ということでしたけど、それはつまりドレスの……ということですよね?」


 すると花応院さんは事も無げに……お茶をすすりながら言葉を返してくる。


「えぇ、まぁ……ドレスと言える程のものではなく、本当に素人仕事の手作りの品ですので、お時間がある時にでも着用して頂いて、サイズや着用の際に何か問題があったかなど、後日にでも連絡頂ければ、レンタルドレスの方の支度も捗るかと思いますので、お手数ですがよろしくお願いします」


「手作り……ですか、素人の……。

 ……えぇっと、どんなものか、今確認してもよろしいでしょうか?」


 俺がそう言うと花応院さんは笑顔のまま頷いてくれて……俺はすっと立ち上がり、ドレスカバーを手にとってチャックをゆっくりと下ろしていく。


 するとそこには市販のものと遜色ないというか、明らかに素人仕事でもなく手作りといった様子でもない、立派なスカートドレスがしまわれていた。


 色は真っ赤で、上下に別れていて……スカートのチャックが妙な位置にあり、普通のものよりもうんと大きいものとなっている。


 更にチャックの上部には、ちょっとした余裕のある部分というか、穴のようになっている部分があって……その内側には伸縮性のある赤い布がしっかりと縫い付けてあって、どうやらここに尻尾を通すと、その布が尻尾の根本の部分を覆うような形になってくれるようで……隙間から下着が見えてしまうだとか、そういった事故を防ぐような作りになっているようだ。


 よく見てみれば上部分の胸元にはバラを模した布細工というか、ワンポイントみたいなものまでついていて……いや、うん、どう見てもどう考えてもプロの仕事というやつだった。


 ドレスの話を花応院さんにしてから今日で何日目だっただろうか?

 混乱している今の頭でははっきりと思い出せないが、それでも数日と言える範囲のはずで……たったの数日でこのレベルのものを仕上げさせるとは、一体全体どんな手品を使ったのだろうか?


 普通に考えたら無理なはずで、少なくとも最低限の知識というか、この尻尾穴を作るための技術の下積みみたいなものが必要なはずで……。


 そこら辺の疑問の想いを込めた視線を花応院さんの方に向けると、花応院さんはニコニコとした笑顔のまま言葉を返してくる。


「獣人という人々は、古代よりわたくし共の隣人であった訳ですから、獣人用の服を作ろうという試みは、以前からあったのですよ」


 何も言っていないのに的確な答えを返してきた花応院さんに、愛想笑いを返した俺は……これを作ったのは花応院さんの『知人』だったなということを思い出す。


 知人……獣人との融和を夢として活動していた元大臣の知人。

 それってもしかして支持者とか議連のメンバーとかそういう感じの知人だったりします?


 いや、まぁ、そうですよね? 大臣になるくらいですから当然国会議員な訳で、議員である以上は投票してくれたりした支持者の方がいる訳で……それ相応の数の票というか、力を持った仲間というか、そういった方々がいらっしゃらないと、そういう立場にはつけませんものね?


 獣人のことに興味はあれど、政治のことにはあまり興味がなく、これまでの人生でそこら辺のことを積極的に調べてこなかった俺は、今更そんなことに気付いて愛想笑いのまま硬直する。


 硬直して考え込んで……俺程度の小市民があれこれ考えても仕方ないかという諦めと開き直りの境地に至った俺は、ドレスをそっとドレスカバーの中に戻し、ちゃぶ台の上にそっと置いてから、花応院さんの側に戻る。


「あんなに立派なものを頂いて本当にありがとうございます。

 夕方になればテチさんの仕事も終わるでしょうから、それから試着させて頂いて、テチさんの感想とか意見とかをまとめた上で、今日か遅くとも明日にはご連絡させていただきますね」


 こんな試作品を作るくらいだから、きっとその後に送られてくるレンタルドレスも、レンタルでもなんでもない特注品になるのかもしれないが……こんなものまで作られてしまっているのだから、もう何もかもが今更だ。


 なるようになれというか、流れに身を任せるというか……花応院さん『達』の善意に甘えるとしよう。


 そんな俺の内心を、俺の表情から読み取ったらしい花応院さんは、そこでニコニコ笑顔を崩し、柔らかな微笑みになって……、


「えぇ、ご連絡を頂けることを楽しみに待たせていただきます」


 と、そう言って湯呑みの中身をがぶりと一気に飲み干すのだった。

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