第94話 ようやくの実食


 テチさんが仕留めたらしい鹿は結構な大物だったようで、テチさんが持ってきた解体済み鹿肉は、思わず驚いてしまう程の大きさだった。


 これだけあればバーベキューに出しても良いかな、なんてことも思ったのだけど、テチさんが、


『全部ソーセージにしてくれ、どんな風になるのか食べてみたい』


 なんてことを言い出してしまい、誰でもない功労者であるテチさんがそう言うならと、その言葉に従うことにし……テチさんがお風呂に入ったり着替えをしたりしている間に、それらの肉全てを使っての鹿肉ソーセージ作りが始まった。


 ネットで軽くレシピを調べてみると、鹿肉をソーセージにする場合、ミンサーでひき肉にした方が良い派と、フードプロセッサーでドロドロにした方が良い派の二派閥に別れているようで……何事も試してみないことには始まらないということで、その両方を試してみることにした。


 ひき肉にしての塩コショウソーセージと、セージタイムローズマリーニンニクのハーブソーセージと、カレー粉ソーセージの三種類を作り、お肉と氷を投入してフードプロセッサーでこれでもかと混ぜ合わせての、塩コショウ、ハーブ、カレー粉の三種類。


 合計六種類のソーセージを、コン君と二人で一生懸命に作り……出来上がったソーセージの半分を茹で、もう半分を焼きに回す。


 お店で買ったひき肉と違ってこの鹿肉は獲れたて、熟成すらしていない新鮮なお肉だ。

 であれば豚ひき肉程、神経質にならなくても良いだろうと考えての判断で……出来たばかりのソーセージを焼いて食べるという一大イベントに、庭の面々は大きく盛り上がる。


 そして道具の片付けやらを終えた俺は、もういい加減食べたいぞと割烹着を脱ぎ去ったコン君と、着替えを終わらせたなんとも満足そうな顔の湯上がりテチさんと共に庭へと向かい……すっかりと盛り上がったバーベキュー会場に入り込み、早速焼きたての野菜と共にソーセージを食べていく。


「茹でてあるのはそのまま食べても良いし、焼いて食べても良いだろうね。

 基本的にどれも味をつけてあるから必要ないと思うけど、バーベキューソースやケチャップをつけるのも手かもね」


 なんて説明を俺がし始めると、早速コン君が動き出し……会場中央に置かれたキャンプ用テーブルの上に駆け上がって、そこに並ぶお皿と睨み合って……小皿を片手に乗せ、もう片方の手でトングを掴み……まずはチーズソーセージをちょいちょいと掴み、小皿に乗せていく。


 そうしたならコン君のお父さん……三昧耶さんのことを呼んで、「焼いて!」とお願いをする。


 すると三昧耶さんは手際よく小皿の上のソーセージをグリルの上に並べていって……その流れで良い感じにやけている野菜、ピーマンやキャベツ、カボチャなんかをちょいちょいと取って小皿に乗せて、笑顔でコン君に渡す。


 するとコン君は渋々それを受け取って、箸も受け取って……テーブルの上にちょこんと座ってもくもくと野菜を食べ始める。


 テチさんはもう最初からエンジン全開だった。

 焼き用鹿肉ソーセージを焼きながら、茹でた鹿肉ソーセージをもくもくと、次から次へと食べて……その味を品評し続ける。


「ふむ、なるほど。

 ひき肉にしたものは大味になるがこれはこれで野趣溢れる感じで悪くはないんだな。

 ただフープロでドロドロにした方が完成度は高い感じだな……調味料の味もしっかりと馴染んでる感じだ。

 ……ああ、うん、意外にカレーも悪くないな」


 そんな中俺は……うん、まずはこれから行くべきだろうと、干し本シメジ入りソーセージを小皿にとって、グリルの上で炙っていく。


 あんまり炙りすぎると皮が破れて折角の美味しい肉汁がこぼれてしまうので、破けないギリギリの所を見極める。


 十分に炙って、少し焦げ目がついた所でグリルから取り上げて……軽く冷ましたならかぶりつき、パキッと良い音が口の中に響き渡る。


 それと同時に旨味たっぷりの肉汁が溢れてきて……肉汁の美味さに思わず口が動き、そうやって噛めば噛むほどその旨味が強くなっていく。


 肉の中にたまにある干し本シメジの食感がまた良くて、その触感を探して何度も何度も噛んで噛んで……そうやって口の中が空っぽになったらもう一本、もう一本とソーセージを食べる手が止まらない。


 と、そこで、


「うんまーー! チーズうんまーーー!」


 というコン君の声が響いてくる、どうやら三昧耶さんが盛り付けた野菜を食べあげて念願のソーセージにありつけたようだ。


 コン君の声を受けて……その嬉しそうな満面の笑みを見て、周囲の大人達はその微笑ましさにカラカラと笑い……箸を動かしビール缶を傾け、場が良い感じに盛り上がっていく。


 その様子を見て、まだまだ始まったばかりだけど、どうやら今回のバーベキューは大成功だったなと、そんなことを考えていると……竹籠を持った御衣縫さんがトコトコとこちらに歩いてきて、声をかけてくる。


「おう、うちの干しキノコ達をこんなに美味くしてくれてありがとよ!

 他の肉やら野菜やらももちろん美味かったが、馴染みのキノコの味と風味がたっぷりと詰まったソーセージには勝てなかったな!

 ほれ、お前さんもソーセージばっかりじゃなくて、うちのかみさんが作ったおむすび、食ってくれや!」


 そう言って御衣縫さんは手にした竹籠を差し出してきてくれて……お礼を言ってそれを受け取り、蓋を開けてみると……なんともカラフルな混ぜご飯おにぎりがずらりと並べられていた。


 種類も豊富、具材も豊富、野菜やお肉がはみ出る程に詰め込んであるおにぎりもあって……予定以上の数をこなすことになったソーセージ作りでお腹が減っていた俺は、具材たっぷりのおにぎりと掴んで早速頬張る。


 鶏肉にニンジン、ゴボウ、ヒジキに小さく刻んだ油揚げ。


 味付けられたそれらがなんとも良い具合に噛み合っていて、ご飯との相性がまた抜群で……ソーセージやお肉無しでも、いくらでも食べられそうな程に美味しく、あっという間に食べ上げた俺は「ほふぅ」とため息を吐き出す。


「はっはっは! 美味かったか! 美味かったか!

 うちのかみさんも中々どうして、料理上手だろ!

 お前さんが作ってくれたのももちろん美味いしな! ビールや酒もたまらんしな!

 美味いもんと良い酒がこんなにもあると、皆笑顔でなぁ、良い絵になるよなぁ、まったく……。

 こういう光景を作り出せるってのは立派な、中々得難い才能だからな……これからもその才能を大事に育てて、励めよ」


 と、そう言って御衣縫さんは、大きな尻尾をゆらゆらと、なんとも楽しげに揺らしながら奥さんの方へと歩いていく。


 その後姿を見送った俺は、御衣縫さんの言葉を噛み締めながら庭の光景を……皆が笑顔でバーベキューを楽しんでいる光景を改めて見やり……その光景に混ざって自分もまた笑顔で楽しむべく、次なる獲物を求めて、数え切れない程のソーセージが置かれているテーブルの方へと足を進めるのだった。



――――以下お知らせです。


 他サイトの連載に追いつくため、連載開始からここまでかなりの連続更新をしていましたが、今回で追いつきましたので以降は基本毎日1回更新(作者が体調不良などにならない限りは)となります。


 他サイトと同時更新ではありませんし、いくらかのズレなども起こるでしょうが、ご理解頂ければと想います。 


 

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