第44話 ビスケット


 流れでなんとなく始まった掃除は、大掃除のような規模になって、家中を掃除することになって……そうして昼を少し過ぎた頃、ようやく掃除が終了となって……俺達は居間のちゃぶ台に集合し、簡単だからと冷やし蕎麦を用意しての昼食となる。


 薬味はネギとチューブワサビだけという少し寂しいものになってしまったけど、急遽用意したものだからまぁ、うん、仕方ないかな。


 普通にスーパーで売っている蕎麦と麺つゆで、特別美味しいものではないけれど、笑顔のコン君と、嬉しそうなテチさんと一緒の食卓は中々悪くなく、少し多めに用意した蕎麦があっという間になくなる。


 食べ終えたなら少し休んで、お茶をすすって片付けをして歯磨きをして……そうしてもう一度居間に集まって座布団の上に座って……テレビを見ながらゆっくりとした時間を過ごす。


 そうして一段落したところで……テチさんが声をかけてくる。


「……コンとやっている保存食作り、次回からは私も参加するからな。

 実椋の趣味がどんなものか、もう少し詳しく知っておきたいからな」


 すると俺が反応するよりも早く、一緒に出来るのが嬉しいのだろう、コン君がぎゅっと目をつぶっての笑顔になる。


「ああ、うん、勿論OKだよ。

 コン君も喜んでくれているみたいだしね、俺としても嬉しいよ。

 ……と言っても今の所、特に保存食作りの予定はないんだよね……材料を買いに行こうにも自宅待機だし、生活のためじゃなくて趣味のために職員さんに買い物をさせるのもアレだしね」


「……そんなこと気にすることでもない気がするがな。

 そうすると……次回の保存食作りはもう少し先になるか」


 俺の言葉にそう返してきたテチさんは……少しだけ寂しそうな顔をし始める。


 それを受けて俺は少し頭を悩ませてから口を開く。


「んー……じゃぁ、そうだな、今ある材料で出来る……そうだな、ビスケット作りでもしてみようか?」


 するとそんな俺の言葉を受けて、テチさんとコン君は、驚いたような顔というか……一体何を言っているんだと、そんな顔になる。


「い、いやいや、ビスケットも立派な保存食だから!

 栄養があって保存が効いて、持ち運びも出来る、旅行のときには固めに焼いたビスケットを持って、それを水とかでふやかしながら食べていたんだよ。

 スーパーで売っているようなビスケットでも大体賞味期限長いし、湿気て美味しくなくなることはあっても、カビたり腐ったりは稀なんだよ」


 俺がそう言うと二人は、知らなかったという顔になり、なるほどという顔になり、どうやら納得してくれたようだ。


 そして作るものが決まったならと三人で立ち上がり、台所へと向かって準備を整える。


 手をよく洗ってエプロンをして、通販で買っておいたお菓子作り用のシートを広げ、小麦粉、牛乳、バター、砂糖を用意して。


 更にクッキー型や伸ばし棒などを用意していると……いつもの椅子に腰掛けたコンくんが質問を投げかけてくる。


「にーちゃんにーちゃん、ビスケットとクッキーってどう違うんだ?」


 どうやらコン君はクッキー作りをしたことがあるようで……クッキー作りとしか思えない準備を見て、そんなことを思ったようだ。


「んー、ほとんど違いは無いかな。

 元々はイギリスではビスケットって呼んで、アメリカではクッキーって呼んだっていう、その程度の違いしかなかったはず。

 日本だと糖分と脂肪分が多いのをクッキー、少ないのをビスケットって呼ぶんだったかな?

 まぁ、それも自作する分には気にしなくて良いと思うよ。

 果物を使ったり、木の実を使ったり、チョコを使ったりでそこら辺の割合って安定しないだろうしね」


 道具を用意したなら、オーブンとしても使える電子レンジからレンジ皿を取り出し……オーブン用の棚板を用意しておく。


 予熱は……もう少し作業が進んでからで良いかな。


「ちなみに今日は普通のビスケットで良いかな? それともナッツとか入れてみる?

 ドライフルーツもいくつか買ったのがあるし、それを刻んで小さくして入れてみても良いかもね。

 あんまり入れすぎると保存性が落ちちゃうんだけど……まぁ、うん、今回は本当に保存する訳じゃないから、そこら辺は気にしないでいこう」


 するとコン君はぱぁっと笑顔を咲かせて……あれが良いかな? これが良いかな? と言わんばかりの表情を浮かべて、あれこれ悩んで……タタタッと駆け出して台所の棚の中にあるドライフルーツを物色し始める。


 普段から片付けを手伝ってくれているだけあって、何処に何があるかの把握はお手の物といった感じだ。


 特にお菓子や果物といったコン君が好きな物に関してはしっかり覚えているようで……いくつかの袋を一生懸命に棚から取り出し始める。


「……実椋、栗をビスケットに使うことは可能か?

 できれば使いたいんだが……」


 更にテチさんがそう言ってきて、俺は首を傾げながら言葉を返す。


「それは、うん、可能だし勿論良いんだけど……今の時期に栗なんて手に入るのかな?

 水煮の栗の場合はまず水分を飛ばしたりする必要がありそうだけど……」


 するとテチさんは「少し待っていろ」とそう言って……台所脇にある米びつを少しずらして、米びつの下に敷かれていた刺繍のされた布を捲りあげて……床下収納の蓋らしきものを引っ張り開ける。


 ……あんな所に床下収納があったとは、気付かなかったな。


 なんてことを考えているとテチさんは、そこから上等な作りの、黒漆塗りの箱を二つ取り出して……流し台の上に置いてから、床下の蓋を閉め、米びつを元に戻す。


「……これは?」


 勝手に開ける訳にもいかないだろうしと、その様子を見守りながらそう言うと……テチさんは無言で箱の蓋を開けて、中にあった上等な和紙包みを取り出して、その口を縛っていた紐をそっと解く。


「……ああ、搗栗かちぐり平栗ひらぐりか」


 二つの包の中身を見て、俺はそう呟く。


 搗栗と平栗、以前レイさんが口にしていた栗を使った保存食で……簡単に言ってしまえば搗栗は乾燥させた栗を火で炙ったりしたもので、平栗は同じく乾燥させた栗を砕いてすり潰して粉状にしたものだ。


 搗栗は勝栗とも読めるとして縁起物として重宝されたり、兵糧としても重宝されたりしたとかで、出陣式に食べたり陣中見舞いとして贈ったりしていたらしい。


「富保がな、搗栗と平栗は縁起物だからって、収穫する度に作ってはここにしまっていたんだよ。

 生活の要である栗に感謝するというのと、縁起物の栗がこの家を守ってくれるという二つの意味があったらしい。

 勿論作るだけじゃなくて、ある程度時間が経ったら食べたりもしていてな……これもそろそろ食べてやった方が良いだろう。

 ……という訳で実椋、今日はこれを使ってビスケットを作って仏壇に備えるとしよう。

 私達の縁を結んでくれた富保に報告をして、感謝を伝えないとな」


 そう言ってテチさんは柔らかな笑顔を見せてくれて……俺もまた笑顔になって「うん、そうしよう」と返し、力強くこくりと頷くのだった。

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