第42話 霞む夏休みの思い出


「このカップラーメンや缶詰なんかも保存食としては有名だよね。

 レトルト食品なんかもそうなんだけど……これらは自分で美味しく作るのは中々難しいからね。

 買った方が安く美味しく安全ならば……まぁ、うん、自作にこだわる理由はないかな。

 オリジナル缶詰を作ってみたいという思いはあるんだけどね……設備を揃えるのは中々難しいだろうなぁ。

 逆に簡単に作れるのはこのミックスナッツだね、淹ればそれでOKなんだから。

 アーモンドとかうちの畑でも取れるクルミは大昔から保存食として愛用されていて、しっかりと管理したならかなり長持ちしたからね……旅や行商の際には欠かせなかったようだよ」


 と、届いたダンボールを開封して、中に入っていた品を手に取りながらそんなことを言っていると……タタタッと駆けてきてぴょんと飛び上がって、ダンボールの中に飛び込んで俺の視界に半ば無理矢理に入り込んできたコン君が……半目でじーっと見つめてくる。


「ミクラにーちゃん、見ない振りしても駄目だぞ」


 そうしてからそんなことを言ってきて……俺は片付けの手を一旦止めてコン君のことをじっと見つめ返しながら言葉を返す。


「い、いやいや、見ない振りじゃないさ。

 さっきからテチさんが嬉しそうに実家に報告の電話をしているから……こうして邪魔しないようにしているだけさ」


「ほんとかー?

 それにしてはなー、なんか喜んでないような感じがするなー。

 あのテチねーちゃんと婚約だぞ? 嬉しいものだろー?」


「……なんかこう、コン君ってたまに凄いことを言うよね、年の割に賢いっていうか大人びているっていうか……。

 働いているからそうなのかな? 若い頃から働く獣人だからそうなのかな?

 ……いやまぁ、最初は驚いたし? 今も驚いたままだし? いまいち気持ちの整理も出来ていないけども、それでも本当に嫌だったら嫌だって言うし、誤解を解くように必死になるし……そうしないってことは、まぁ、そうと見えないだけで内心では喜んでいるってことだよ。

 テチさんが言っていたように、ここで暮らしながら良い相手を見つけるなんてのは相当に難しいだろうし……テチさんみたいな良い人と……美人さんとこれから一緒に頑張っていけることは……うん、喜ばしいことだよ。

 ただまぁ、それはそれとして、何もかもがいきなり過ぎて気持ちの整理が追いつかないっていうか、婚約から間を置かずにご両親への報告が始まっちゃって、なんて挨拶したら良いのか分からないっていうか……。

 だからこうして片付けでもしながら、考えをまとめようとしているだけなのさ」


「ふーん? そういうものかー?」


「そういうものだよ」


 俺達がこんな風に会話している間にもテチさんは、すぐそこで……俺達の背後で、床にペタンと座って尻尾を大きく揺らしながら……電話のコードを指でくるくるといじりながらの電話をしていて……なんとも楽しそうに、嬉しそうに、幸せそうに婚約したとの報告をしていて……そんな会話を何もせずただ聞いているなんてのは針のむしろというかなんというか……俺には無理だった。


 それでもこの場から逃げず、いつ電話を代わっても良いように、声の届く範囲に居るようにしているのだから……褒められても良いくらいだと思う、うん。


「テチねーちゃんがあんなに嬉しそうにしてるのは久しぶりだしー、がっかりさせるようなことはしちゃ駄目だぞー」


「……いや、うん、コン君って本当に何歳なんだい?

 ま、まぁ、幸せそうなテチさんを見るのは……その婚約者としても嬉しいことだし、努力するようにするよ。

 ……それにしても嬉しそうな姿が久しぶりって……テチさんに何かあったのかい?」


 と、俺がそんな問いを投げかけるとコン君は、ジト目になって呆れ顔になってから……俺の腕を駆け上り、俺の肩に座り込み、俺の頭をがっしりとその両手で持ちながら耳元で囁くようにして、小さな声で問いの答えを返してくる。


「とみやすじーちゃんが死んじゃってからは元気なかったんだよー。

 じーちゃんは皆に優しくて、皆のじーちゃんって感じで、テチねーちゃんも子供の頃からここの畑で働いていたからじーちゃんのことが本当に好きだったんだよ。

 オレ達もじーちゃんのこと好きだったけど、じーちゃんが死んだのはあってすぐの頃だったから、そこまでショックじゃなかったけど、テチねーちゃんやレイにーちゃんには大ショックだったみたいで、結構落ち込んでたんだよ」


 コン君曰く、テチさんは曾祖父ちゃんと一緒の時はよく笑う人だったらしい。

 笑顔でからからと、大きな声で机をバシバシと叩きながら笑うこともあって……それは俺が見てきたテチさんとはまるで別人のようだった。


 その時のテチさんと今のテチさんが全くの別人のように思えるというのは、それだけ曾祖父ちゃんの存在がテチさんにとって大きなものだったということの証明でもあって……曾祖父ちゃんのことがそんなにも好きだったのなら、きっとテチさんはこの家のことも、あの畑のことも同じくらいに好きだったのだろう。


 テチさんが俺との婚約を驚く程にあっさりと了承したのは、もしかしたらそのこともあってのことなのかもしれない。


 俺にとってテチさんはまだまだ会ったばかりの知らないことのほうが多い女性だが、テチさんにとって俺は子供の頃から付き合いのある家の跡継ぎという存在な訳で……テチさんが俺に良くしてくれたのも、婚約をしてくれたのも、テチさんと良い付き合いをしてくれていた曾祖父ちゃんのおかげなのかもしれないな。


 思えばレイさんも、初対面の人間である俺に随分と良くしてくれていたし、友好的に接してくれていたし……それもまた曾祖父ちゃんのおかげだったのかもしれない。


 ……と、そこまで考えて俺は、ふとあることに思い当たる。


 テチさんは子供の頃から曾祖父ちゃんの下で働いていた? あの畑で?

 ……それは一体何歳の頃からなんだ? 何歳の頃からというか……何年前からなんだ?


 俺は子供の頃、夏休みになる度この家に遊びに来ていた訳で……夏休みの間中、この家に泊まっていた訳で……その間、あの畑は誰が世話をしていたんだ?


 今のようにシマリスの獣人の子供達が世話をしていたのか?

 もしそうなら……何故俺は獣人に会ったことが無かったのだろう……?


 畑には……あんまり近づくなと言われていたけれど、それでも確か曾祖父ちゃんの目を盗んで何度か……。


 あれ? 俺が子供の頃あの畑って、どんな感じだったっけな?

 うん? あんまり覚えてないぞ……??


 もう何年の前の薄ぼんやりとした記憶。

 この家のことや倉庫のこと……あの災害のことははっきりと思い出せるのに、そこら辺のことがどうにもはっきりしない。


 そもそも俺は……言い方は悪いがこんな何もない田舎の家でどうやって夏休みを、30日以上もの日々を過ごしていたのだろうか?


 虫取りを一人で毎日のようにやっていたのだろうか……?


 考えても考えても、いくら思い出そうとしても、どうにも思い出すことが出来ず、いっそ実家にあるはずの小学生の頃の絵日記でも確認しようかと、そんなことまで考え始める。


 するとそんな風に考え込み続ける俺にコン君が、


「ミクラにーちゃん、そろそろ電話終わるみたいだぞ」


 と、そんな言葉をかけてくる。


 それを受けて俺は意識を現実へと引き戻し……そうしてからテチさんの電話がどういう結果になったのだろうかと、緊張しながら心臓をバクバクとさせながらテチさんの方へと振り返るのだった。

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