第41話 ある意味似た者同士
実椋は獣人を恋愛対象として見ない。
その言葉に対し俺が露骨な反応を見せてしまったことにより……微妙な空気が流れ始めてしまう。
テチさんは半目となり、コン君は面白そうなことになりそうだとワクワクし……俺は更にむせそうになるのをどうにか堪えて胸を叩き……そうして誰もが無言のまま時間が流れていく。
俺から言葉を切り出すべきなのか、それともテチさんの言葉を待つべきなのか、そんなどうでも良いことですら悩んでしまって、何も言えなくなってしまっていると……テチさんが、ため息混じりの言葉をかけてくる。
「仮に獣人を恋愛対象として見られるとしても、その先……結婚や出産となるとそうもいかない。
特に私は女だからな……獣人の子供は女の血を引いて獣人になってしまうから、向こうの人間としては論外だろう―――」
そう言ってテチさんは、俺はそこら辺のことを知らないだろうからと、獣人の子供についてを語り始める。
人と獣人に限った話ではなく、獣人と獣人が結婚した場合……どういう組み合わせの結婚かに関わらず必ず女性側の血を引いた子供が生まれるらしい。
たとえば熊の獣人の男性と、シマリスの女性が結婚したなら生まれる子供は全部シマリスの獣人で、熊の獣人の子供は何をしても生まれないらしい。
そうやって生まれた子供が父親の遺伝子を全く引き継いでいないかというとそういうことでもなく、顔や性格、体質などの形で遺伝子をしっかりと受け継ぐんだそうで……そうした現象を受けて母から子供に受け継がれる『獣人の血』は遺伝子とはまた別のものなのではないか? なんて仮説まで存在しているらしい。
「―――過去には、大昔には人間と獣人が結婚し、子供を持つことがあったんだそうだが……これがな、人間の社会の方で特に問題となったそうなんだ。
特に獣人の男と人間の女が結婚したパターンが厄介でな……二人の間の子供は全員人間として生まれてその代は問題無いのだが、人間の女から生まれた人間の女……つまり娘が人間の男と結婚した場合、何故だか一定の確率で獣人の子供を産んでしまうらしいんだ、獣人同士の結婚ではそんなこと全く起きないんだがな……。
人間と獣人とのハーフだからそうなってしまうのか何なのか……傍目には普通の人間の女が、毛むくじゃらの獣人を産んでしまう。
このことを忌み嫌い、蔑む人間が多かったとかで、揉めるようになり子殺しなんて酷いことをする者まで現れた。
……人間はそうして獣人を忌み嫌い、何の罪もない子供を殺された獣人もまた人間を忌み嫌い。
お互いに交わらないようになり時には争うようになり……今あの門があるのはそうした歴史の結果という訳だ」
それは全く、向こうの世界では聞いたことのない話で……俺は「なるほどなぁ」と呟いてから、すぐ側でこちらの様子を見上げているコン君へと視線をやり……にへらと笑ってコン君のことをわしゃわしゃと撫でる。
「俺はコン君みたいな可愛い子供が出来るのは嬉しいけどなー」
そうして俺はそんな言葉を口にする。
こんな狭い島国に住んでいて、そんな理由で嫌い合うなんてなんだかなぁというか……ちょっと風変わりな可愛い子供が生まれるというだけのことで殺したりするなんて……。
当時の事情と価値観があったにせよ、それはあんまりな差別だなぁと、そんなことを思っての言葉で……特に深い考えがあってのことではなかった。
もしその時に人間が獣人を受け入れていたなら……コン君のような可愛い子供達を受け入れていたなら、社会はもっと違った形になっていたはずで、獣人の力のおかげでもっと発展していたかもしれなくて……そのことを思うとただただ残念でしかなく……。
そんなことを考えながらコン君を撫で続けて、わーきゃーと声を上げながら撫でられることを喜ぶコン君を見て、こんなに可愛いのになぁと改めて思っていると……テチさんが変な声を上げる。
「な……ばっ……」
言葉にならない言葉というか、何かを言おうとして言葉に詰まって思わず漏れ出た感じというか……。
その声を受けて俺が顔を上げて、コン君からテチさんへと視線を写すとテチさんは何故だか顔を真っ赤にして……口元をその手で覆い隠していた。
一体どうしたのだろうか? と俺が首を傾げていると……俺に撫でられていたコン君が俺の手の中から脱し、タタッと駆けて飛び上がって、ちゃぶ台の上に乗って、その両手をバッと大きく振り上げる。
「婚約おめでとー!」
そうしてそんな大声を上げるコン君。
両手を振り上げたまま俺と見てテチさんを見て……どういう反応をしてくれるかと目を輝かせながらワクワクとした表情を向けてくる。
……婚約?
誰と誰が?
……もしかして俺とテチさんが?
なんで?
……俺、何か言ったっけ?
コン君みたいな子供なら欲しいとか、その程度のことしか言ってないような……?
そんなことを考えて、冷静になろうと自分に言い聞かせて……深呼吸をして落ち着いてから改めてテチさんのことを見やると……テチさんは顔を真っ赤にしながら何も言わずふいと顔を逸らす。
……もしかして、だけど、獣人にとって子供が欲しいとかそういう発言はプロポーズみたいな扱い、になるの、かな?
テチさんが仮の話で恋愛は出来ても結婚は無理だといって……そして俺がコン君みたいな子供が出来るのは嬉しいといって……。
そ、それでプロポーズになる、の?
そんなことを考えて俺は混乱して、何を言ったら良いのか分からず泡を食う。
コン君は俺達の次の言葉を待っているというか、成り行きを見守っているようでただ目をキラキラとさせたまま何も言わない。
そしてテチさんは顔を真っ赤にしたまま何も言わず……どのくらいかは分からないけども、それなりの時間がその状態のまま流れてしまう。
そうして誰もが無言の中で、最初に声を上げたのはテチさんだった。
「……しかしそうか、改めて考えてみればお前は富保と違って、外で相手を見つけてこなかったんだものな。
ここで暮らしていく以上、ここで相手を探すしか無いのか……。
外の人間がここに来たがるとも思えないし……そうか、ここに来た時点でお前も覚悟をしていたのか」
勝手にそんなことを言って勝手に納得しだすテチさん。
いえ、そこまで考えていませんでした、曾祖父ちゃんの後を継ぐことしか考えていませんでした。
テチさんが相手としてどうかと言えば、とても良い人だと思うし、素敵な女性だと思うし、獣人であることも正直そんなに気にならないし、結婚できたら幸せになれるんだろうなぁとは思いますけども、正直まだそこまで考えてはいませんでした。
そんな俺の内心にテチさんが気づくことはなく、俺は俺でそんな内心を口に出したら良いのか、どうしたら良いのか、何もかもが分からず、ただただ困惑することが出来なくて……そうこうしているうちに覚悟を決めてしまったらしいテチさんが、俺に向かって向き直り、居住まいを正し、目立つ形で大きくコクリと頷いて……それを受けてコン君が「わっほー!」と声を上げてちゃぶ台からの歓喜の跳躍をしてみせるのだった。
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