第22話 食後のデザート
旨味たっぷりの、これぞ肉! と言わんばかりに主張してくるイノシシ肉を楽しみ……子供達が元気におかわりをして鍋を平らげていく様子を眺めて……レジャーシートの上でゆったりと座りながら満腹の腹を休ませていると、昨日借りたレイさんの車……配達車がやってくる。
同僚が乗っているのか、テチさん達のお母さんが乗っているのかは分からなかったが、車が止まるなり駆け寄ったレイさんが荷台からいくつかの何かを取り出し……それが終わると配達車は、さっさと森の中へと戻っていく。
レイさんが荷台から取り出し、縁側に並べた何かは、何枚かのステンレス製のトレーのようで……一体そこに何が入っているのだろうかと気になって、立ち上がって確認しにいくと……ラップで覆われたトレーの中にはぷるんとしたゼリーが詰まっていた。
皮などを剥いての下処理がされたイチゴやみかん、ぶどうやパイナップル、白桃といった果物がゼリーの中に沈められていて……我が家の食器棚からガラスの器を持ってきたレイさんは、包丁とスプーンを器用に動かしてゼリーを切り分け、ガラスの器にフルーツ入りゼリーをごろごろと乗せていく。
それはとても美味しそうなもので……こってりとしたボタン鍋の後に食べるに相応しい爽やかなデザートであり……子供達がわぁっと声を上げながら縁側へと駆け寄る中、レイさんは、
「待て待て、仕上げがまだだ!」
と、そう言って……子供達の飲み物用にと用意されていたサイダーのペットボトルへと手を伸ばす。
「ま、まさか!?」
なんて声を子供達が上げる中、レイさんは器にサイダーをなみなみと注いで、スプーンを添えて……満面の笑みを子供達に向ける。
すると子供達は我先にと器に手を伸ばし……サイダーを飲み、果物入りのゼリーを口の中に放り込み、その頬をぷっくりと膨らませながらほんわりとした笑みを浮かべる。
「ゼラチンに砂糖適量、クエン酸適量、後はフルーツをたっぷり入れて冷蔵庫で冷やしたら完成って訳だな。
食べやすいように果物を切り分けても良いんだが……出来るだけ大きく、そのままにしてやった方が食べごたえがあって良いし、見栄えもするよな。
作りおきは推奨しない、その日のうちに作って冷え次第に食べてしまうのがオススメだ」
得意げな顔で続けるレイさんの言葉に耳を傾けながら器へと手を伸ばし……ゼリーをスプーンですくって食べてみると……なるほど、丁度いい甘みと酸味と果物と炭酸がなんともたまらない。
果物が隙間がないくらいに詰められているのがなんとも贅沢で……子供達にとっては鍋よりもこちらの方がごちそうなのかもしれない。
「これは……美味しくて良いですねぇ。
夏とかに冷やして食べたらたまらないだろうなぁ」
なんてことを言いながら縁側に腰掛けて食べ続けていると……どうしてなのか真剣な表情となったレイさんが隣に腰掛け、見慣れた小さな紙……名刺をこちらにすっと差し出してくる。
そんなレイさんの様子を見てか、何かを感じ取ったテチさんもこちらにやってきて……そうしてテチさんが俺達の前に仁王立ちになる中、レイさんがゆっくりと口を開く。
「これはうちの店が所属している商工会の会長の名刺でな……その会長っていうのがあそこに居るコン君のお爺さんなんだよ。
で、とかてちが今まで散々愚痴ってきたおかげで、富保さんの畑の栗を買い叩いていた野郎のことは周知の事実でな……ソイツが実椋、お前になんか嫌がらせしてきた時は、会長に相談して良いってことで名刺を預かってきたんだよ。
コン君がお前のことを相当良く言ってくれてたみたいでな、少なくとも森の商工会の面々は実椋のことを仲間として受け入れてくれているらしいぞ」
その言葉を受けて名刺を受け取った俺は……好意をありがたく受け取るべきだなと、笑顔で「ありがとうございます」と返す。
するとレイさんは、テチさんが表情を険しくしていく中、言葉を続けてくる。
「……実椋は、その買い叩いてた野郎に売るつもりはないんだろ?」
「……まぁ、そうですね、相場の半値で取引というのはありえないことですね」
「そうなると絶対ソイツは黙ってないぞ、根性の腐った野郎だし、そのくらいのことをしてもおかしくない金額の取引だったからな」
「まぁ、そういうこともあるかもしれませんね」
「……なら、今から準備しておくというか、気をつけた方が良いかもしれないぞ」
「ははは、大丈夫ですよ、仮に何かしようとしても向こうに出来ることはありませんから。
それにそういうトラブルなら前職で慣れているっていうか……まぁ、もっと大きな金額が動く仕事もしたことがありますし、そういうトラブルに強い伝手もありますので、いざ何かあってもなんとでも出来ると思います」
「お、おう……?
そうなのか? とかてちからは普通のサラリーマンだったと聞いてるが……」
「まぁ、そうですね……えっと確か、まだ名刺は残っていたはず……」
そんな会話をしてからポケットから財布を取り出し、財布の奥にしまい込んでいた予備の名刺を取り出し、それをレイさんに渡すと、レイさんは目を見開き、テチさんのことを見やり……呆れ半分、驚き半分の声を上げる。
「お、お前これ、森の中の商店とも取引のある商社じゃねぇか!?
え、何、実椋って事務職だったのか?」
「いえ、総合職でしたけど……」
「それってつまりは未来の管理職だよな!?
そこまでの職を辞めてこんな田舎に来ちまうとはなぁ!? マジかお前!?」
と、レイさんはそんな大げさなことを言って、おかしなものを見るような目でこちらを見てくる。
そう言われても勤めていたのはほんの数年で、確かに規模の大きい会社ではあったけど、俺はそこの末端……歯車の一つでしか無かった訳で、会社が凄いからといって俺が凄い人間という証明にはならないというか……自慢出来るようなことではないだろう。
それにもう既に辞めてしまった訳だし、復職なんてことは願ったところで叶わない訳だし……せいぜい、上司や同僚、取引先や弁護士さんなど、仕事の中で知り合うことが出来た人々との細い縁が残っているくらいのものだ。
何かあったら頼って良いぞと言われて、笑顔で送り出してくれて……実際に頼れば助けてくれるだろう、あの人達のことを思えば怖いものはない。
昨夜、曾祖父ちゃんが残してくれていた……仏壇の奥に隠してあった帳簿や契約書の確認はしっかりしたし、何をされようと問題無いだろうと笑顔で頷いた俺は……そんなことよりもと、美味しいゼリーを口の中に送り込み、舌鼓を打つのだった。
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