第19話 栗の値段


 畑の栗が一粒3000円で売れるという、とんでもない話を聞いてしまって、なんだかそわそわとしてしまって……色々と聞きたいことがあったのだけど、車はスーパーに到着してしまい……そこら辺の話は後回し、まずは買い物をしようということになった。


 野菜や各種調味料、ついでに道具なんかも買えるものは買ってしまって……今度は近くにあるというホームセンターへ。


 そこでもまた色々な買い物をして……生活に必要そうな細々とした品もいくつか買って。


 配達用の荷台の大きな車がいっぱいになるくらいの買い物をして、持っていたお金のほとんどを使い切ってしまってから……車に乗り込み、我が家へと向かう。


 そうしてその道中でようやく話が出来るぞと、テチさんに「栗の値段の話なんだけど……」と話を振ると、テチさんは呆れ交じりの表情をしながら言葉を返してくる。


「買い物中、ずっと何かを考えている風だったが、まさかそんなことを考えていたのか?

 3000円なんて値段、そんなに驚くような話でもないだろうに」


「い、いやいやいやいや、驚くよ、驚いちゃうよ!?

 1粒3000円って、とんでもない値段だと思うよ!?」


「言っておくが畑で採れる栗全てにその値段がつく訳ではないんだぞ?

 傷がなく、虫がついていない、大粒で質の良いものが3000円で売れたってだけの話だ。

 栗は大きさも形も中々安定しないし、虫に食われるなんてこともよくあることだし、当たり前のように3000円で売れるなんて思うんじゃないぞ?」


「な、なるほど……。

 いや、それにしても3000円って……凄い話だなぁ」


「何処かは忘れたが、あちらの畑の栗も一粒2000円くらいの値はつくと聞いたぞ。

 相応に質と味が良い、高級品の話ではあるが……そんなに騒ぐ値段ではないのは確かだ。

 そして富保の畑は私達、栗の名を冠する獣人が徹底管理しているんだからな……そこよりも質も味も良くなるのは当然のことだ。

 ……と、偉そうな事を言ってみたが、実際はこの森の中に畑があるからという、立地的な条件でそれだけの値段で売れる高品質な栗になっているんだ」


 そう言って一旦言葉を切ったテチさんは……「京都だったか? 兵庫だったか? どっちだったかな?」なんてことを言いながら2000円で売れたという栗が何処産だったかを思い出そうとする……が、あまり地理には明るくないのか、結局は首を傾げてから頭を振って思い出すのを諦めてしまう。


 そうして小さなため息をついてから……「話を戻そう」とそんな事を言って言葉を続けてくる。


「実椋も以前に森の空気が綺麗だとか、そんな話をしていただろう? 

 その恩恵を受けるのは何も人や獣人に限った話じゃない、虫や獣も、当然植物もこの森の清浄な空気の影響を受けているんだ。

 虫は多く強く、獣は大きく強く、そして植物は栄養たっぷりの美味しい植物……作物になるという訳だ」


 それもこれも全ては森の力のおかげで、森の力があればこそ獣人の社会は……この森という世界は成り立っているらしい。

 虫も獣も植物も、あちらとは違う生き物かと思うほどに強く、その分だけ栄養豊富で、栄養豊富だからこそ、森の中に住まう生物達や、獣人という少し特殊な体をした人々は健康に毎日を生きることが出来る。


 ただ健康なだけではなく、その身体能力にまで良い影響が出ていて……その身体能力のおかげでこの森というか、獣人の社会を守ってくることが出来た。


 科学という力が森の外で発展したことにより、身体能力だけを頼りに社会を……森を守っていくことが難しくなり、結果日本という国に飲み込まれ自治区という形になってしまったのだが……科学が発展したおかげで今度は、森の中の作物があちらよりも格別に栄養豊富な健康食材であることが知られるようになり……それらを輸出したり、他にも色々あったりで、多くの利益を得られるようになり、得た利益で様々な科学を……ダムやら電線やらといった代物を手に入れることが出来た……ということらしい。


「……実椋、今お前はそれ程までに凄い森を、何故外の人間は武力で無理矢理奪わないのかと、そんな事を考えただろう?」


 説明を一旦区切るなり運転中のテチさんがそんなことを言ってきて……俺は首を傾げながら言葉を返す。


「え? いや、そんなこと全然考えてなかったけど……そんなことをわざわざ言うってことは何か特別な理由でもあるのか?」


「ん!? そ、そうか。考えてなかったのか……。

 ま、まぁ、そうだな、ある特別な理由があってのことだが……それについてはまだお前には教える訳にはいかない。

 機密、というやつでな……まぁ、真面目にここでの日々を送っていればいつかは知ることになるだろう。

 富保も知っていたことだしな」


 俺の返しが予想外だったのか目を丸くしながら、運転中だというのにこちらを見つめながらそんなことを言うテチさん。


 俺はそんなテチさんに対し「前を見て前を」と促してから、言葉を返す。


「まぁ、うん、でもなるほど、大体の話は分かったよ。

 テチさん達の頑張りのおかげと、立地条件の……森の空気のおかげで畑の栗は栄養豊富の美味しい栗になっていて、それが健康に良いからって外では高く売れる、と。

 ということはやっぱりクルミも高く売れるということに……?」


「まぁ、そうだな。

 栗ほどの値段はつかないが、他所のクルミと比べればかなりの高値になるそうだ。

 実のところを言うと、栄養価的にはクルミの方が豊富とかで、健康にも良いらしいんだが……やっぱり美味さで言うとクルミよりも栗だからな、味の差がどうしても値段に表れてしまうらしい」


「あぁ、うん、そっちも納得だね。

 栗は美味しいからなー……3000円の栗ともなれば食べたことないような味がするんだろうなぁ。

 曾祖父ちゃんが商品だからって食わせてくれないのも納得だよ。

 3000円はなー、子供にほいほい食わせられるもんじゃないよなー。

 その味を覚えちゃって他の栗を食べても全部不味く感じるなんてのも悲劇だしなぁ。

 ……っと、そう言えばテチさん、以前教えてくれた栗の卸先についてなんだけど、買い叩く業者がいるとか、そんなことを言っていたよね?

 相場の半値がどうのって……それってつまり、3000円の栗を1500円とかで買った上で、他所にそれ以上の値段で売っていたってこと?」


 と、俺がそんなことを言うと……テチさんは目を細めて歯を噛み締めて、低い声で「ああ、そうだ」と短く返してくる。


 その業者が曾祖父ちゃんとどんな付き合いをしていたのか、どうして曾祖父ちゃんがそんな業者と付き合っていたのかは知らないが、それは商売としてはとんでもない話で……普通ならば絶対に許してはいけない話で、テチさんの態度もあって俺は、まだ一度も会ったことも会話もしたこともないその業者への評価を、最低レベルにまで下げることになる。


「曾祖父ちゃんにどんな想いが……どんな理由があったかは知らないけど、それは良くないことだよなぁ。

 もう一つの業者は適正価格で買ってくれていたって話だけど……そっちの業者もよくもまぁそんな状況を黙って受け入れていたよなぁ。

 辞めた職場で同じような話になっていたら、絶対にそのままにはしておかなかっただろうなぁ……」


 そんなことを呟き、少し前まで勤めていた会社のことを思い出していると、テチさんが質問を投げかけてくる。


「そう言えば実椋は、ここに来る前どんな仕事をしていたんだ?」


「ん? まぁ、普通のサラリーマンだよ。

 総合商社の総合職なんて言い方をすると、何をしているのかよく分からない感じだけど、ま、結局は営業マンってことになるのかなぁ」


 そう返すとテチさんは、興味が無いのか、あるいはあちらの仕事の事をよく知らないのか「ふーん」とだけ返してきて……そこで我が家に到着したこともあり、その話はそこで終わりとなるのだった。

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