第10話 いざ、森の中でのお買い物へ


子供達全員に名札を付け終え、名札を付けた子供達が嬉しそうに畑を駆け回り、働き始め……いくつか、今日家の用事で来ていない子達の名札が余り、それはまた今度ということになって……さて、今日は何をしようかと考えていると……またもレイさんが、大きな袋を両手に持って姿を見せる。


「よ! 来てやったぞ!

 じゃぁ、二時間か三時間か? まぁ、帰ってくるまで俺が子供達を見ていてやるから、早速行ってこいよ」


 レイさんは姿を見せるなりそう言って、今日も持ってきてくれたらしいおやつに入った容器をテーブルに広げ始めて……一体何処に誰が何をしに『行く』のだろうかと考えていると、テチさんがすっと立ち上がり……こちらに視線を向けてくる。


 その視線はまるで早くしろと、お前も行くんだぞと言っているかのようで……俺は首を傾げながら立ち上がり、テチさんに声をかける。


「……今日は何処かに行く予定があるのか?」


 するとテチさんは呆れ顔となり、レイさんは「あっはっは」と手を叩きながら笑い始めて……呆れ顔のテチさんが返事をしてくれる。


「何処も何も……買い物にいかなくてお前は月曜日までどうするつもりなんだ?

 昨日言っただろう? こっちのやり方に従えって。

 こっちのやり方に従って子供達と私を家に入れたお前はもう立派なこの村の住民で、森の奥にある商店に行く権利を得ているんだ。

 食料や着替え、こっちの生活に必要なものを一通り買いに行くぞ。

 ……まさかお前、金を全く持ってないとかはないよな?」


 そんな説明を受けて俺は慌ててポケットを叩き……いつもの癖で入れていたらしい財布を取り出し、中身の確認をする。


「えーっと……引っ越しやら何やらで使うかと思って5万円を口座から出しておいて……うん、4万ちょっと残っているかな。

 ……この森、『円』を使えるの?」


「そりゃぁ使えるだろ、自治区だとは言えここだって立派な日本国内なんだからな。

 銀行のキャッシュカードがあればATMで引き出すこともできるし……まぁ、それだけあればそもそも引き出す必要は無いだろうさ」


 そう言ってテチさんは側のベンチに置いてあった鞄を肩に掛け直し……レイさんがやってきた森の方へと足を進めていってしまう。


 その背中を見て俺は慌ててレイさんに「後のことをお願いします!」とそう言ってから駆け出し、テチさんの後を追いかけていく。


 木々の隙間に入り込み、いかにもな山道をしばらく進むと……段々と見慣れているような、ないような不思議な光景が広がってくる。


 道路があって、あちらで見たような家屋があって……だけれども森の中で。


 普通なら道路や家を建てるなら森を拓いてからというか、木は伐り倒して木の根っこや岩は掘り出してからにするものだと思うのだが、それらはそのままで……森の途中に突然、木々に挟まるような形で見慣れた形の道路や建物が現れる光景は、なんというか異世界に迷い込んだような気分になってしまうものがある。


「家は基本昭和を感じる木造なんだなぁ。

 って、うわ!? 信号が木の枝にぶらさげられている!? ……ま、マジかぁ。

 っていうか電気はどうしているんだ?」


「よく見ろ、木々の枝や幹に絡める形で電線支えが配置されてるだろ? そこを通っている電線もしっかりと目を凝らせば見つけられるはずだ。

 ちなみにだが発電所もちゃんとあるぞ、山の向こうに日本政府に造らせたダムがあってな、そこの水力発電所は私達が所有、管理しているんだ」


「マジか……凄いな。

 しかしこんな風に森の中を電線が通っていても平気なの?

 ……まぁ、たまに電線に木の枝がかかっているお屋敷とか見かけるから問題無い……のかな?」


「さてな、技術的なことはよく知らないが、何か対策はしてあるんじゃないか?

 少なくとも私が物心ついてから、停電だとか火事だとか、そういったトラブルが起きたことは一度もないな」


 と、テチさんとそんな会話をしながら、木々の隙間を縫うように造られた、くねくねとした道路脇にある歩道を歩いていくと……段々と木に挟まれた人工物が増えていって、人工物を挟む木が太く、高く立派なものになっていって……ある程度進んだ所でいきなり森が開けて、円形といったら良いのか、そんな形の大きな……巨大な空間が現れる。


 空間と言っても森が無くなった訳じゃない。

 木々が常識外の大きさとなって……まるでビルのような大きさとなって、その空間を囲うようにして、大きな壁というか天井の役目を果たしていて、木々のドームというような空間が出来上がっていたのだ。


 そしてそんな木々の枝歯から木漏れ日が差して、それが灯りとなっていて……ドーム全体を明るく照らしている。


「うっわぁ……凄いなこりゃぁ。

 初めて見たっていうかなんていうか……まるでファンタジー作品のエルフの里みたいだ……」


 思わず立ち止まり、どのくらいの高さがあるのかも分からない木々の天井を眺めて……ゆっくりと視線を下ろしながらドーム全体を見やっていると、先を歩いていたテチさんが振り返って「早く来い!」と声をかけてくる。


 それを受けて俺は慌てて駆け出し……テチさんの側を離れないようにしながら、歩道を進んで、ドームの中へと入っていく。


「あ……なんか空気が変わったっていうか、何だろこの感じ。

 湿度が低くなった……?」


 ドームに入った瞬間そんな違和感があって、俺がそう言うとテチさんは足を進めながら投げやり気味の言葉を返してくる。


「この辺りは木々によって空気が浄化されて、清浄なものとなっているからな。

 森の中の町を囲う木々は他には無い特別なものでな……人間がここに立ち入ったなら寿命が伸びるなんて言われている程に体に良いらしいぞ」


「そりゃぁまた凄い話だなぁ……」


「そんなことよりも、ここからは人が一気に増えるから、私からはぐれないようにしろよ」


 と、そんな会話をしていると、今まで聞こえなかった人の生活音というか、街の中に響いているような賑やかな音が響いてきて……近くの家々のガラス窓から、様々な獣人達が顔を出し……こちら、というか俺のことを興味深そうに見つめてくる。


「テレビとかで人間の姿なんて見慣れているだろうになぁ。

 あんな風に顔を出してまったく、みっともないったら……」


 そんな面々に対しテチさんはそんなことを言って呆れ顔となり……それらの視線を避けるためか足早となって……道の先にある、大きな駐車場を構えた、いかにもスーパーマーケットでございますといった建物へと向かっていく。


「うーわ……一階建てで横長なのはあっちと同じ感じだけど、スーパーまで木造なのか。

 ……なんかこう、木造ってだけで高級感あるなぁ」


「こちらからすると鉄やらプラスチックやらを使っている方が高級感あるように思えるけどな。

 ……まぁ、中は基本テレビなんか見るあちらのスーパーと変わらない。

 商品が陳列されていて、レジがあって、買い物かごをレジに持っていって精算すればそれで良い。

 ……二人であの家まで持っていくんだから、買いすぎないように……二人で持ちきれる重さ、量にしておけよ?」


 俺がその店を前にしてそんなことを呟くとテチさんは、店の入口を指差しながらそう言ってきて……俺はそれに頷き返し、緊張というかなんというか、未知の世界に立ち入ったことによる興奮を覚えながら、その木造スーパーへと足を踏み入れるのだった。

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