第11話 買い物をして……


 自動ドアを通り、買い物かごを手にとって……目の前に広がっていたのは普通の、極々当たり前のスーパーと言って差し支えない光景だった。


「いや、まぁ、そうだよな。

 冷蔵関係まで木造という訳にはいかないし……並んでいる商品も外から仕入れたりしているんだもんな。

 天井とかも照明のために鉄骨とか組んであるし……そりゃそうだよな」


 その光景を見ながら俺がそう言うと……テチさんは特に反応を示さずスタスタと歩いていって、入り口側の野菜コーナーへと向かい、野菜の品定めを始める。


「あ、野菜が安い……っていうかどれも妙に大きくて、なんだかみずみずしい感じがして美味しそうだなぁ。

 森の中の野菜はどれもこんな感じなのかな」


 そう言いながらテチさんの側へと移動して、適当な野菜に手を伸ばそうとするとテチさんは、そんな俺の手を軽くペシンと叩いてから……そんな選び方をするやつがあるかという視線を向けてきて……キャベツやアスパラガス、えんどう豆なんかを取って、俺の買い物かごにそっと入れてくれる。


「適当に選ばないで新鮮なものを選べ。

 それと出来るだけ旬の野菜を食べるようにしろ、特に冬は良い野菜を食べられないから、体内に毒がたまるんだ。

 だから今はその毒を旬野菜で押し流せ……そうだな、後は菜の花が欲しい所だな」


 そんな説明をしてくれながら移動し、菜の花の束を取って買い物かごに入れてくれたテチさんは……次は納豆と味噌汁かと、次のコーナーへと足を進めていく。


 なんだかお婆ちゃんみたいなことを言うんだなぁと思いながらも、そんなテチさんの背中を頼もしく思い……その後の買い物はほとんどテチさん任せで進んでいく。


 お店に入る前は買いすぎないようにしろとか言っていたはずなのに、その選び方には一切の躊躇がなく、オマケに容赦もなく……更に魚や1リットルの牛乳やヨーグルトなどのそれなりに重い品々が買い物かごの中に入っていく。


「……ああ、そうか、味噌もないんだったな。

 それと塩と砂糖、みりんに酒に醤油に……出汁もか。

 富保は味噌とかを自作していたからなぁ……すっかり失念していたな……。

 それと白米は……まぁ、小さい袋のやつでいいか」


 なんてことを言いながらのテチさんの買い物は、本当に最後まで容赦が無く、結局買い物かごを二つも使うことになって……お買い上げ合計7000円弱、二人でレジ袋を両手で持っての退店となった。


「くっ……買いすぎた」


 買い物を終えてスーパーの駐車場に立ち、そんなことを言うテチさんの手にはレジ袋の持ち手ががっつりと食い込んでいて……俺もまたレジ袋の重みを感じながら言葉を返す。


「く、車を買わないといけないかもなぁ。

 ……テチさん、こっちでの流行りの車とかってあるのか? なんかここまでの道路も駐車場もあんまり車を見かけなかったけど……」


「……ここではもう何十年もの間、軽トラが流行り続けているよ」


「あ、なるほど……軽トラか……軽トラね。

 なんか納得だなぁ、いかにもっていうか、この光景に合うっていうか……」


「……つべこべ言ってないで、歩くぞ。

 このままここにいてもただ手が痛いだけだ」


 と、そんな会話をしてから俺達は歩き出して、来た道を戻り……ひぃこら言いながら我が家へと向かう。


 どうにか我が家についたなら早速買ってきたものを冷蔵庫にしまったり、棚の中にしまったり……テチさんの指導の下、下処理なんかをしたりして……そうしてから俺もテチさんも喉が乾いたからと牛乳を一杯飲み、畑へと足を向ける。


「テチさん、何度目になるか分からないけど、改めてありがとう。

 買い物と下処理を手伝ってもらった上に、どう料理したら良いかまで教えてもらえて本当に助かったよ」


 歩きながらそう声をかけると……俺の前を歩くテチさんは一瞬だけこちらを見てから、言葉を返してくる。


「……別に構わん。

 来るかどうかもわからなかった畑の後継者がやってきてくれて、その上契約までしてくれたんだ、長生きしてもらわないと困るというだけの話だ」


「ああ、そういう……。

 長生きと言えばそう言えば、曾祖父ちゃんは随分とまぁ長生きだったけど……それもあの森やここでの生活のおかげ……なのかな?」


「さてな。

 森の空気を吸うのが何処まで体に良いとかは科学的に証明されている訳ではないからな。

 ……ただまぁ、野菜に関してはあちらよりも新鮮で栄養豊富で、美味いものが多いから、そのおかげというのもあるのかもしれないな」


 そんな会話をしながら足を進めていって、もう少しで畑が見えてくるという所で何を思ったのか、はたと足を止めたテチさんがこちらに振り返り……真剣な表情をしながら言葉を投げかけてくる。


「……そう言えば、お前は富保の最後に立ち会ったのか?」


「え? ああ、うん。立ち会ったよ。

 病院の一番良い病室で、親族一同揃って最後の時を見守って……その時に俺があの家と畑を相続することが決まったんだ」


「……富保はこの森で死にたがっていたが、倒れたと聞いた人間共が……あの役人共が、半ば無理矢理にあちらの病院へ連れていってしまったんだ。

 ……それからずっと気になっていたんだが、富保は……笑顔で逝ってくれたのか?」


 その表情は何処までも真剣で、その声には強い力がこもっていて……これは真剣に、本気で返事をしなければいけないものだと理解した俺は、嘘偽りの無い、曾祖父ちゃんの最後を口にする。


「曾祖父ちゃんが危篤になって、俺が病室に駆けつけた頃にはもう意識が無かったんだ。

 延命してもしょうがないってことで、人工呼吸器も外されて……後は皆で心臓が止まるのを待っているような状態だった。

 だってのに親戚連中は、誰があの家と畑を相続するかってことで言い合っていて……曾祖父ちゃんの最後を前にして自分勝手なことばかりを言っていて……。

 俺よりも世話になったはずの爺ちゃん達がそんな状態で、誰も曾祖父ちゃんのことを見てなかったな……」


 そう言って一回深呼吸をしてから……俺は遠くを見ながら言葉を続ける。


「でさ、俺つい言っちゃったんだ、俺が相続するからもう良いだろって、仕事も辞めてアパートも引き払って、俺が全部世話をするから、それで良いだろってさ。

 そんでまぁ、曾祖父ちゃんとの別れの時だってのに、馬鹿なことしてんなよって啖呵切ったら……曾祖父ちゃんが目を覚ましたんだよ、息も絶え絶えで心臓も止まる寸前だっていうのに。

 ……で、笑顔でこう言ったんだ」


『そうかぁ、実椋が世話をしてくれるのかぁ。

 なら安心だぁ……お前ならきっと大丈夫だぁ……安心してあの世に逝けるなぁ』


「ってさ。

 その笑顔のまま曾祖父ちゃんは亡くなって……それがあんまりにも良い笑顔だからって、葬儀会社の人達もなるべくそのままにするなんて言い出しちゃってさ。

 葬式では皆、曾祖父ちゃんの良い笑顔を見て笑顔でお別れをしていったよ」


 やせ細ってがりがりで……最高の笑顔とは言えなかったが、それでも俺にとってはその笑顔が救いで……。


 結局その笑顔と最後の言葉が相続の決定打となり……意識のある曾祖父ちゃんの前で揉めてしまっていたということもあって以後誰も、両親でさえも俺の決断に対し何かを言ってくることはなかった。


 それなりに良い大学を出てそれなりに良い会社に入って、それなりに頑張ってきたのを辞めてしまうなんてのは、両親の立場としては、本音としては止めたかったんだろうが……最後の最後まで何かを言ってくることは無かった。


 そんなことを思い出してしんみりとしていると……テチさんが真剣な表情のまま言葉をかけてくる。


「実椋、ありがとうな」


 その言葉には今までにない力が込められていて……俺はなんだか照れくさくなり、頭を掻きながら「どういたしまして」とそう言ってから……畑へと向かうのだった。

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