新たなシナリオ

木林 森

第1話 尊い

 土曜日の午前。


「あ~あ。めんどくせ~な~」


 隣にいた先輩が、僕にハッキリ聞こえるように独り言をつぶやいた。反射的に僕は


「どうしたんですか?」


と、声をかける。何かあればすぐに反応してくれる可愛い後輩。先輩の目にはそう映っているに違いない。


「今回の件、あの学校で2人死んだやつな。不審な点があったとかで、俺が捜査する事になったんだよ。すでに終わった案件だと思っていたのに、めんどくさいな~って」

「……」


 どういう事だ? その件は全て終わったはずなのに。


 2日前の木曜早朝、とある私立学校で遺体が発見された。午前6時54分、警察に通報が入り、僕ら捜査第一課に所属する刑事らも呼び出された。


 第一発見者となる野球部員達を先輩が、通報者である学校の警備員を僕が聞き込みする事になった。途中、警備員はトイレに行くため席を離れる。長い間戻らない事を不審に思った先輩がトイレに向かったところ、首を吊った警備員を発見し、後に死亡が確認された。


 現場には遺書も残されていた事から、警備員の死は自殺したと断定。遺書の中には、日頃から生徒に暴力をふるう英語教師についても言及されており、生徒を守るために自ら殺害に到ったと記されていた。 


 その内容から、自殺した警備員が英語教師を殺害した事は疑いない。被疑者死亡で次の処理をどうするか……という所まで来ていたはずだ。なのに、再び捜査するとはどういう事だ?


「不審な点って、何ですか?」


 そう聞かずにはいられない。なぜなら……。


 教師と警備員、この2人を殺したのは僕だからだ。


 Xとのつきあいは4年ぐらいになる。正体がわからないので、僕はそう呼んでいる。いわば「裏の仕事」を斡旋する人物で、これまで20回ほど仕事を任されてきた。


 1週間前、Xからあるシナリオが送られてきた。学校の警備員が、英語教師を殺害するというシナリオだ。


 警備員のスマホにはXによって、遠隔操作アプリがインストール済み。僕のスマホで、彼のスマホを監視・遠隔操作が出来る状態だった。水曜日の夜、彼は深夜に英語教師を学校へ呼び出している。


 僕の仕事はシナリオ通り事を進ませる事、そして後処理。


 警備員が教師を殺すために呼び出した学校のグランド、そこには僕もいた。もちろん彼らに気づかれないように。警備員は教師を何度か殴りはしたものの、途中で怖くなったのか逃げ出してしまった。つまり殺害に到らなかった。こういう仕事をやっていると、シナリオ通りにいかない事もしばしば。そういう時のために僕がいる。


 殴られて気を失っていた教師に、僕がとどめをさした。すでに顔を中心に何度も殴られていたので、より強い力で同じ箇所を何度も殴っておいた。致死量の出血を確認し、私の犯行に関する物証が一切残らないようにする。


 彼は殺しきれてない事を確証していただろうが、後に野球部員達が殺された教師を発見して激しく気が動転した事だろう。


 木曜日の朝、今度は殺人事件を調べる者として同じ場所に来る。先輩は第一発見者となる野球部員への聞き込み、そして僕は警備員へ聞き込みという名目で校舎へ彼を連れて行った。


 1番高い場所でグラウンドを見渡せる所に案内して欲しいと要求したところ、最上階にある6階の廊下へ連れて行ってくれた。先輩には2階の教室で聞き込みをすると伝えてね。


 廊下で僕は「昨夜、被害者をグラウンドに呼び出し、殺しましたね。証拠があります」と詰め寄る。もちろん彼は「殴ったが、殺してはいない」と否定した。「でも、あなたは殴られた後、その場に教師を放置した。彼は心臓の病気を持っていて、定時に薬を服用していたが、それが出来なかったために命を落とした」という出鱈目で彼を追い詰める。


 やがて彼が顔面蒼白になる。「殺したかもしれない」。1番聞きたかった台詞だ。これまでの会話は全て録音済み。私の質問は、いくらでも後で編集出来る。


 そして最後の処理。トイレへ案内してもらい、1番奥の個室で彼に眠ってもらう。薬品をかがせたりしては、万が一司法解剖された時に痕跡が残ってしまう。


 後ろから頸動脈を的確に抑える。これだけで数秒あれば人を気絶に追い込める。気を失った後は、彼の首を吊るだけ。多少力のいる仕事だが、私には慣れたものだ。もちろん、彼の手のひらを個室内のあちこちに押しつけ、指紋をつける事も忘れない。


 あらかじめ僕が用意したワープロ書きの遺書も添えれば、自殺現場の完成だ。


 この校舎の廊下や教室に監視カメラがないのは調査済み。後は2階に戻って時を待てば、完全犯罪の成立というわけだ。


 これまで何度もこの仕事をしてきた。Xの用意したシナリオからそれた事は1回もない。


 なのに何故? 何故、再び捜査が行われる?


「不審な点って、何ですか?」

「さぁな。後で上司の所に行くんで、そこで聞かされるはずだ」


「……」


 Xの正体は知らないが、緊急時に連絡を取る事は出来る。怪しまれないよう5分経ってから、僕はトイレに向かう。部屋を出た直後、Uber Eatsの配達員とぶつかった。ドアの前に立っていた所を、タイミング悪く僕がドアを開けて閉まったようだ。例のBOXが横倒しになっている。


「すまんな」


 今はそれどころじゃない。僕はトイレの個室に入りこむと、周りに誰の気配もない事を確認し、Xにメッセージを送った。


「捜査が始まった」


 もちろん送信履歴はすぐに削除する。そして、何事もなかったように、先輩の横へ戻って雑務に取りかかる。


 Xから返事が来たのはそれから30分後。再びトイレの個室でそれを確認する。


 依頼主:私

 対象:那由多凛

 期間:48時間以内

 内容:事故に見せかけ消す

 報酬:前金で1000万


 依頼主が「私」? これまで20件近くXの仕事を請け負ってきたが、本人からの仕事依頼は初めてだ。メッセージにあったURLをチェックする。


『令嬢Rの赤裸々ブログ』


 那由多凛のブログらしい。普段の僕ならこのタイトルを見ただけですぐにそのページを閉じるだろう。これも仕事だと思い、最新記事を読んでみる。すぐに、人生最高の衝撃を受けた。


 警備員と教師を殺した第3者―すなわち僕―の存在に言及し、殺し屋に頼んだのが学校関係者という事まで言い当てている。どういう事だ? どこからその情報を手に入れた?


 もう1つ驚いたのが、この令嬢Rの母親が那由多美蘭、すなわち科捜研のチームリーダーを務めている人物だという事。母親から何らかの情報を得たのか? いや、でも、ちょっと待て。


 まず、このブログは昨日の昼に更新されている。もし、那由多凛が母親から情報を得たと仮定したら、さらにその前に科捜研が何かを掴んでいるという事になる。


 科捜研が事件に関して何らかの情報を得た場合、僕たちにもその報告が迅速に耳に入るはず。今のところ科捜研から特に報告はない。何より、事件の捜査状況を関係ない者に話す事は許されない。例え親子であったとしてもだ。


 僕が見るに那由多美蘭は、こういう規律には厳しい人物。娘に情報を横流しするような人じゃない。


 では、何故、この令嬢Rとやらは事件の内情を知っている?


 これまで僕のこなしてきた仕事は完璧だった。なのに、ただの女子高生が事件の真相に近づいている……。


 実は科捜研が何かに気づいて、極秘に捜査を進めようとしていたら? 疑心暗鬼の闇は僕の心を覆い尽くしていく。


 万が一、僕が警備員や教師を殺した事がバレたらどうなる? ひょっとしたら、これまで僕が関与した事件も疑われるかもしれない。


「……」


 裏の仕事をして4年。初めて身の危険を感じた。色々悩んだ結果、Xの指示に従うのが1番いいという結論に達する。すなわち、那由多凛を事故死に見せかけてこの世から消す。


 自殺に見せかけるより、事故死に見せかける方が僕の得意分野。48時間も必要ない。24時間、いや、12時間以内に仕事を完遂させてやる。


 まず、那由多凛のブログ(本名は公開していないが間違いなく彼女のブログだ)の読者になりすます。


「実は僕、事件のあった学校の近くに住んでいます。水曜日の夜、とても怪しい男が学校に入っていくのを見ました。気になって、家にあった双眼鏡でその男を見ていたんですが。ここには書けないので、僕のメールに返事をくれませんか?」

 

 3分後。


「令嬢Rよ。何があったのかしら?」


 食いついてきた。「あなたの言う殺し屋の免許証を拾ったかもしれない」「怖くてどうすればいいかわからない」「一緒に警察へ行って欲しい」と主張したら


「一緒に警察へ行ってあげますわ」


1番欲しい返事がきた。今から30分後、学校正門で会うことになった。お互い、腕時計を右手につける事が合図だ。


 12時間も必要ない。2時間で事を済ませられる。今日の夕方には


『高齢者の運転する車が暴走。女子高生の尊い命が奪われる』


そんなニュースが流れているだろう。

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