その感情を僕にも

翠月 歩夢

第1話

 僕の好きな子は、いわゆるオタクだ。


 十分しかない授業の合間の休み時間は、いつもスマホを開いている。アプリを開いて、ゲームに時間を費やしている。


 彼女を横目で見る。こないだのクラス替えでたまたま隣になった。それから、結構話すことも多くなって、今では同じクラスの中ではよく話す部類に入る……と思う。


 彼女は明るいタイプではないから、話す人は多くない。勇気を出して僕から話しかけたらたまに話すようになった。


 別にゲームが好きなわけでも得意なわけでもない。しかし、話す機会が欲しくて同じゲームをやってみた。それで、「僕もそのゲーム最近始めたんだ」なんて言った。


 彼女は嬉しそうに、ゲームについて話してくれた。このキャラが尊いだとか、ストーリーが神だとか。正直、あまりこういうものをやってこなかった僕には、彼女の言っていることは半分くらいしか分からない。


 だけど、分からないから教えてって言えば、彼女は熱心に教えてくれる。だから、それを話すための口実にしてしまう。……卑怯かな。でも、彼女が楽しそうに話してくれるのは嬉しい。



「……今日はずいぶん熱心にやってるね」



 なんとも思っていないように、気持ちを悟られないように、さりげなく話しかける。


 いつも以上に、今日の彼女は熱が入っていた。なんなら、授業中も終わりが近づくとそわそわしていた。早くゲームがやりたくて仕方なかったのだろう。



「最推しのイベント最終日なの! 限定カード、できるだけ手に入れないとっ!」



 目をキラキラ輝かせながら、熱く語る。その間にも、ひたすらに画面を人差し指でタップしていた。


 ちらりと彼女の手元を見る。派手な戦闘モーションが画面いっぱいに映し出されていた。一瞬見えた、金髪翠眼の男は彼女の最推し、ライル様だ。



「ライル様だっけ? 今回のイベント」

「そう! 限定カード見た!? 顔が良すぎるの! あー、もうほんっとうに好き! 尊い!」

「あはは、確かにすごいイケメンだよね」

「でしょ!? キャラデザが本当に神なんだよね!」

「絵が綺麗だよね、このゲーム」

「さすが話が分かるなぁ、君は!」



 好きなものをやっている時は、いつものクールな様子とはまるで違って楽しそうだ。声が弾んでいて、早口になっている。


 微笑ましく思いながら、ゲームの話を続ける。僕よりも彼女の方が詳しいから、大体僕は話を聞くだけだ。


 彼女がゲーム画面を僕に見せてきた。ライル様のスキル発動時のセリフと一枚絵を見ながら、尊いと騒いでいる。



「尊いはね、好きの最上級だから!」

「あはは、すごいね」

「あー、現実にもこういう男子いればいいのになぁ」

「……推しが彼氏、みたいな?」

「うっわ、それ最高じゃん!」



 ライル様というキャラが羨ましい。架空のキャラで、現実には存在しないのに、こんなにも彼女に愛されているなんて。


 尊いが好きの最上級なら、その十分の一でもいいから、僕を好きになって欲しい。そんなこと言ったって、僕には美しい顔もかっこいい声もないから、無理なのかもしれないけど。


 

「はぁ、でもそれ達成するためには、彼氏の前にまず現実に推しを作らなきゃ」

「推しであること前提なの?」

「うん。あ、でも推しになったらまともに話せないかも!」

「あはは、また別の問題が出てきちゃったね」

「だねー、どうしよう」



 楽しそうに笑って、彼女はゲーム画面に視線を戻した。


 僕はちらりと教室の壁にかかっている時計を見る。気がつけば、もうすぐ授業開始の時間だ。



「あー、そろそろスマホしまわなきゃ……」

「十分ってあっという間だよね」

「本当にね。もっとライル様見てたいのにー」

「あはは、ライル様愛がすごいね」

「そうだよ? 私以上にライル様を愛している人はなかなかいないよ!」



 そんなに愛されるライル様はいいな。きっと彼女にとって大切な存在なんだろう。……その感情を僕にも向けてくれたらいいのに。

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その感情を僕にも 翠月 歩夢 @suigetu-ayumu

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