第11話 屋敷の料理人

 私はロコを抱きかかえて、廊下を歩いていた。

 書庫で出会ったアムルドさんに、必要なものは頼んでおいた。

 しかし、こちらの世界では、ないようなものもあるため、全て揃うことはないだろう。

 それでも、似たようなものがないか使用人に探させると、アムルドさんは言っていた。そのため、なんとかロコが過ごせる環境は揃えれそうだ。


「さて、ここかな……?」

「クゥン?」


 そんな事情があるので、私は他にできることをすることにした。

 それは、ロコが食べられる物に関わることだ。


「すみません、誰かいますか?」


 私は、目的の部屋であるキッチンの戸を叩く。

 すると、中から声が聞こえてくる。


「なんだ?」

「誰か来たようですね」

「そうか、それなら誰か見て来い」

「ええ、もちろんです」


 そのような会話があった後、戸がゆっくりと開かれた。

 中から出てきたのは、白い服を着た若い男性である。恐らく、この屋敷に雇われている料理人だろう。


「あれ? あなたは確か、記憶喪失のお嬢さん?」

「あ、はい。ミナコ・キノです。こっちが、愛犬のロコです」

「ワン!」


 私とロコが挨拶すると、料理人らしき人が少し驚いた。

 ロコの方を見ていることから、ロコが鳴いたことに驚いているのだろう。

 やはり、この世界の人は犬が珍しいらしい。そのため、驚いてしまうのだろう。

 だが、今は私もロコから離れる訳にはいかない。ロコを部屋に置いていくと、色々と大変なことになりそうだからだ。だから、我慢してもらうしかないだろう。


「えっと、ここに何か用ですか?」

「あ、はい。実はロコの食べる物について相談があって……」

「ロコ……犬の食べる物ということですか?」

「はい、そのことです」


 私の言葉に、料理人は納得したような表情になった。

 この世界の人間は、犬についてよく知らない。そのため、若い料理人も私の言葉がすぐに理解できたのだろう。これなら、話が早そうだ。


「親方! 記憶喪失のお嬢さんが、犬の食べる物について相談したいそうです」

「何?」

「ほら、僕達では、犬が何を食べるかなんてわからないじゃないですか?」

「おお、そういうことか」


 私が安心していると、若い料理人はキッチンの奥に呼びかけた。

 その呼びかけを受けて、キッチンの奥から初老の男性がやって来る。

 親方と言われていたので、この人がキッチンの取り纏め役なのだろう。


「あんたが、記憶喪失のお嬢ちゃんか」

「え? あ、はい……」

「それで、そっちが犬か」

「ワン!」


 現れた料理人は、私、ロコの順で顔を見てきた。

 ロコを見る目は、興味深そうな目だ。やはり、犬が珍しいのだろう。


「俺の名前は、オルゴ。ここの取り纏め役だ」

「あ、私は、ミナコです。こっちが、愛犬のロコです」


 そこで、初老の料理人は名乗ってきた。

 どうやら、オルゴさんというらしい。


「それで、その犬が食べる物について話し合いたいんだな?」

「あ、はい、そうなんです」

「なるほどな……」


 私が答えると、オルゴさんはロコを見つめた。

 恐らく、ロコが何を食べるのかなどを考えているのだろう。


「まあ、俺には犬のことなんてさっぱりわからない。お前さんがそれを知っているというなら、それを教えてもらおうか」

「あ、はい。よろしくお願いします」


 オルゴさんは、すぐに私の提案を受け入れてくれた。

 やはり、犬のことはわからないようである。

 しかし、それが幸いして話が早いので、今回はよかったといえるだろう。


「さて、話をするのにここは駄目だな。申し訳ないが、お嬢ちゃんはともかく、その犬をここに入れたくはない」

「あ、そうですか……」


 そこでオルゴさんは、そのように言ってきた。

 どうやら、キッチンに犬を入れたくはないらしい。

 それは、仕方ないことだろう。料理人が、動物をキッチンに入れたくないのは当然のことである。

 こうして、私はオルゴさんと話すことになるのだった。




◇◇◇




 私は、オルゴさんと話し合っていた。


「なるほど……」


 大方の事情を話し終えると、オルゴさんはそう呟いた。

 私の話で、ロコが食べられる物は理解してもらえただろう。恐らく、心配はいらないはずである。


「お嬢ちゃん、よくここまで調べたものだな?」

「え?」

「大したものだ。その犬のために、調べたんだろう?」

「あ、はい、そうです」


 そこで、オルゴさんはそのように言ってきた。

 その視線は、なんだかとても優しい。


「俺は料理人だ。だから、食い物のことはいつも考えている。そういう面から、お嬢ちゃんがしたことを立派に思う」

「あ、ありがとうございます……」


 オルゴさんは、私がロコのためにしたことを褒めてくれた。

 なんというか、少し恥ずかしい。


「さて、料理のことはわかった。そこの犬が食えるようなものを作ってやる。だから、安心しろ」

「は、はい、よろしくお願いします」

「ああ、任せておけ」


 最後にそう言って、オルゴさんは立ち上がった。恐らく、キッチンに戻るのだろう。

 こうして、ロコの食べ物の問題は解決するのだった。

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