愛犬とともに異世界に転生した私は、公爵家で暮らすことになりました。

木山楽斗

第1話 散歩の途中で

 私の名前は、木野皆子。ごく普通の会社員である。

 私の毎日というのは、同じことの繰り返しだ。会社に行って、仕事をして、家に帰って、また次の日。そのような普通の毎日を過ごしている。

 しかし、そんな毎日でも、私は悪くないと思っていた。なぜなら、私には大切なものがあるからだ。


「ただいまー」

「ワン!」


 家に帰って玄関のドアを開けると、中から一匹の犬が出迎えてくれた。

 その犬こそが、私の毎日が楽しい理由だ。


「ロコ、今日もいい子にしていた?」

「クゥーン……」


 この子の名前は、ロコ。ミニチュアダックスフンドのメスである。

 私が社会人になってから飼い始めた犬で、今の私にとっては家で待ってくれている唯一の家族だ。

 ロコがいるから、私は毎日を楽しいと思えている。この子が待っているから、仕事も頑張れるのだ。


「ちょっと待ってね、すぐに散歩の準備をするから」

「ワン」


 私は、家の中に入っていく。

 これから、ロコの散歩に行くのだ。そのために、早く準備をしなければならない。




◇◇◇




 私はロコとともに、家の外に出てきていた。

 今から、散歩に行くのである。


「さて、ロコ、行こうか?」

「ワン!」


 仕事の後の散歩は大変であるように思えるが、私にとってこれは全く苦ではない。

 むしろ、日頃の苦しみを忘れられるいい時間である。ロコが楽しそうにしているから、そう思うのかもしれない。


「今日は、ちょっと冷えるかも……」


 もう日も沈む時間であるため、外は少し寒かった。

 だが、散歩をしていれば、体も温まるだろう。


「もうすぐ、年末か……」


 肌に当たる冷たさに、私はそのようなことを感じていた。

 もうすぐ年末なのである。ロコと一緒に実家に帰って、ゆっくりと休めるのだ。

 そんなことを考えながら、私は横断歩道を歩いていた。別に、いつもと変わらない散歩だ。


「ワン!」


 しかし、いつもと変わったことが一つあった。

 ロコが、散歩の途中で吠えたのだ。ロコは、滅多なことでは吠えたりしない。そのため、吠えたということは何かあったということだ。


「え?」


 次の瞬間、トラックがこちらに向かって来ているのを、私は認識した。

 歩行者信号は、間違いなく青だった。そうでなくても、歩いている人がいるのに向かって来るはずはない。

 そんなことを考えると同時に、私は体を動かそうとした。しかし、迫り来るトラックのスピードは規定速度を遥かに超えている。


「ロコ!」


 それを認識した瞬間、私はロコのリードから手を離していた。

 ロコの身体能力は、私より遥かに高い。そのため、ロコだけなら逃げ切れる可能性はある。そう思っての判断だった。


「ああ……」


 そしてそれは同時に、自身の終わりを悟るものでもあった。

 私は、ゆっくりと目を瞑る。どの道、間に合わないのだ。せめて、ロコが助かることを祈っておこう。




◇◇◇




 私は、ゆっくりと目を覚ました。

 確か私は、トラックに轢かれたはずだ。

 だが、体は特に痛くない。手も足もきちんと動かせる。


「え?」


 そもそも、ここは病院という訳ではなさそうだ。

 周りを見渡してみると、白色が広がっている。なんというか、この世のものとは思えない。


「もしかして、天国?」

「いや、そういう訳ではない」

「え?」


 一人で結論を出そうとしていた私は、突如響いた声に驚いた。

 その声は、私の後ろからしたものだ。という訳で、私はゆっくりと後ろを見る。


「いや、こんにちは」

「えっと……こんにちは?」


 私の後ろにいたのは、年老いた男性だった。

 このような神秘的な場所で会っているが、その人はごく普通の人にしか見えない。

 だが、なんだかよくわからない力をその人から感じた。なんとなく、とてもすごい人なのだということがわかるのだ。

 私はその人の方に体を向けて、姿勢を正す。とりあえず、そうした方がいいと思ったのである。


「あなたは、一体何者なんですか?」

「ふむ、わしのことを説明するのは少々難しい。故に、君にとってわかりやすく説明することにしよう。非常にわかりやすく言えば、わしは神様ということになるだろう」

「神様……」


 目の前の老人は、そのようなことを言ってきた。

 通常なら、そのような言葉は信じられる訳がないだろう。

 だが、今の私はその言葉をすんなり受け入れられた。この人は、神様なのだ。私の本能的部分が、それを教えてくれるのだ。


「それで、神様、ここは一体どこなんですか?」

「ふむ、それを説明する前に、ここにもう一人、いやもう一匹といった方がいいだろうか? ここに呼んでおきたい者がいるのだ」

「え?」


 私の質問に神様がそう返した後、私の目の前に突如見知った犬が現れた。

 その姿を見て、私の心は一気に明るくなった。なぜなら、その犬は私にとって、とても特別な存在だからだ。


「ロコ!」

「ワン!」


 突如現れたロコは、私の胸に飛び込んできた。

 そんなロコを、私はしっかりと受け止める。その毛並みも匂いも、間違いなくロコだ。


「ロコ、ロコ、ロコ……!」

「クゥン、クゥン、クゥン!」


 ロコは嬉しそうに私の顔を舐めてくる。私との再会を、喜んでくれているのだろう。

 その気持ちは、私も同じだった。少々くすぐったいが、それも気にならないくらい、ロコとの再会が喜ばしいのだ。


「さて、感動の再会の途中申し訳ないが、こちらの話を聞いてもらえるだろうか? 色々と説明した方が、いいだろうからね」

「あ、はい、すみません」


 そこで、神様はそのように言ってきた。

 ロコとの再会を喜びたいとは思うが、それは後にした方がいいのだろう。

 今は、神様の話を聞いておいた方がいいはずである。

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