第44話 弱すぎる男

「うおおおお!! ゴフっ――くそった、グフっ――こなくそ、ガハっ」

 刀を振るえど、振るえどギリギリで躱されカウンターを食らう。


 何度も立ち上がり、間合いを詰め、振る。

 縦に振れば横にサッと躱され、顔面に肘打ちを食らう。横に振れば屈まれそのまま顎を蹴り上げられる。突き刺せば、拳のクロスカウンターを食らう。


 彼女はまるで如何にギリギリで躱せるかを試している様だった。

 しなやかで細く美しい肢体を上手く使い、鞭のような腰の曲がり、槍のような脚、蛇腹剣の様な腕。接近戦格闘戦のスペシャリストとしての力を遺憾なく発揮している。


 いつでも俺を倒せるだろうが、この勝負は相手に『参った』と言わせた方の勝ちがルールだ。


 魔法は一切使っていない。彼女は魔力が無いため当たり前だが、俺はすぐガス欠するために使えない。

 一撃の為にすべての魔力を剣と靴に溜めていた。


「ハア……ハア……おら! ぶふぇ――」

 顔面は腫れ、体中に悲鳴が走る。そろそろ腕が上がらなくなってくる。


 メルナは無表情で俺の攻撃を待っている。


「い、意外……です、ね、ハア……ハア……」

「――何が? 戦いの最中は真剣にやれ」

 そっけない言い方がアルっぽくて笑う。


 ふう、ふうと息を整える。


「お前は弱い――とか、やるだけ無駄――とか言ってきそうなものですがね、正直ここまで一方的にやられていたら反論できませんが」

「弱かろうが強がろうが雄は戦うもの……お前、いっぱしの雄ではある」

 それは嬉しい事言ってくれるぜ。




「止めねえのか? お前の主人だろ」

「男の戦いを止めるのは駄目、女として」

「へっ、お前の方がよっぽど強そうなのにな」


 アルとヴォイスが並んで戦いを見る。

 ヴォイスはアルが英雄と呼ばれているのは知らないが、その内に秘めた力を見抜いていた。


「馬鹿にするわけじゃねーが、あんな弱い男にお前ほどの奴が従ってる理由はなんだ?」

「単純な強さでは測れない、シンカは」

「……だろうな、そう思うよ」

 


「セイっ――ブフっ」

 何度攻撃しても当たらない。今の一撃なんてあと1㎜くらいだったぞ。


 つまり、伏線が上手く張れたと言うことだ。


 完全に下の奴の攻撃を舐めてる証拠だ。ここまでフェイントや小賢しい手も防がれている。故にメルナはもう俺の力を測り終えている。


 可能な限り詰め込んだコーティング球と魔力、そのすべてをこの一撃に込める。間違いなく刀が壊れるだろうが、知らん。


 そして、ついに奴から拳を繰り出した。

(――ここだ!)


 靴に溜めた魔力を放出し一気に懐に入り込み、刀を風の圧力と球の爆発を力に一気に振り上げる。

 スカ――。(……あ)


 いつの間にか俺の背後に回っていたメルナに、背中を殴られて俺は気を失った。






「――ん、ここは?」

 目覚めると、知らない天井(言ってみたかった)。


「起きた? シンカの負け」

 アルがベッドの横で椅子に座って俺を見ていた。

 ここはどうやら俺たちが狼国で泊っていた部屋らしい。


 見るとメルナも居る。


「目覚めたな、メルナはもう行く」

 そう言って彼女は


 チャンス――この時を待っていた!!


 俺は一気に近寄ると、彼女の首を後ろから腕で絞める。

「ぐ――な、なに、を……」

 ギュ――ギュギュギュ、と俺の腕を握りつぶそうとしてくる。


 くっそいてえ。

 う、腕が、壊れる……ぐぬぬ……。放すものか!


「へ! 言いましたよね? 『参った』と言ったら負けと! 私は言ってませんよ!」

 俺がぼこぼこにされるのは目に見えていた。だからこそ彼女の隙を作るために敢えてこの状況を作り出したのだ。


「く、くそ……ん、ぐ……」

「流石シンカ、汚い」

 うるせえ。


「参ったと言いなさい、あとで私を殴ろうが蹴ろうが許しますから」

 だから腕を放して。めちゃくちゃ痛い。


「ま、まい、た……」


 俺は彼女を解放した。

 ああ、くっそいてえよ……腕が……泣きそうだ……。


「はあはあ」

 首を押さえ、深呼吸しながら彼女は俺を見上げる。


「さあどうぞ、言った通り好きにしなさい。その代わり勝負に勝ったのだから私の部下になってもらいますよ」

 彼女が立ち上がると、じわじわ近づいてくる。俺は歯をギュッと食いしばる。


 殴られる――そう思ったら抱き着かれた。

「初めて負けた、だからお前が主人」

「良いのですか? こんな汚い手で勝った男に仕えて」

(……自分で言うんだ)

 アルがボソッと言う。


「良いぞ」

「そうですか――ではこれを」

 俺は彼女の肩を押し、突き離してある物を渡す。


「これはなんだ? イヤリングか?」

「そうです、私の信頼ある部下にのみ渡すね」

 俺が渡したのはチェスの駒の一つでビショップの形のイヤリング。ちなみにコンサにはポーンの形のイヤリングを渡しているし、実際に着けている。


「そうか、嬉しいぞ」

 頭を撫でてみた、すると気持ちよさそうな顔をする。俺より圧倒的に高い身長だが、実に可愛い。


「キャラが被ってる」

「言うほど被ってないですから大丈夫ですよ」

 どんな心配してんねん。


「そこの激強女は誰だ? お前の雌か?」

「違いますよ、私の右腕です」

「でもアル、イヤリング貰ってない」

「私にとっては渡す以上の信頼がありますから大丈夫です」


「ちなみに私の部下になるなら言葉使いは気を付けてくださいね」

「分かったぞ――いや、分かった、です」


 二つ目の駒を手にし、俺は王都に帰還した。



1,5End――Next2(枠外)


―――――

この章は終了です。

次回の章は全体通しても異色の章です。

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