第130話

 

 

 

 ユーグがまとめた報告書を見て、カゾーランは我が目を疑った。


 人魚の宝珠マーメイドロワイヤルを使って、意図的に同一家系に転生し続ける。しかも、それをアルヴィオス王家もロレリア侯爵家も行っていた。

 そして、人魚の宝珠は現在、ルイーゼが持っている。

 カゾーラン自身は転生者である。転生を体験している者としては、その概念を否定することはしない。

 だが、それでも話が飛躍していると思った。


何故なにゆえである」


 しかし、報告書を見る限り、アンリがカゾーランに対して頑なに事実を隠す意味は見えてこなかった。彼はカゾーランが転生者であるとは知らないだろうが、それを差し引いてもおかしい。

 わざわざ引き籠っていたセザールを呼び寄せ、カゾーランが関わらないように徹底したくらいだ。


 そして、セザールもカゾーランを何故か避け続けている。

 彼らは、なにを隠しているというのだ。


 ――何故、引き籠りの王子エミールを廃嫡出来なかったか、考えたことがあるか?


「…………」


 宝珠の力を操るために、王家はロレリアの巫女を娶った。

 そして、生まれたのがエミールだ。エミールを廃嫡出来なかった理由があるとしたら、そこだろう。


 だが、何故?

 何故、今更になって宝珠の力を求めたのだ。

 アンリがなにを考えているのか、わからない。そして、何故カゾーランに隠すのか。


「エミールは立派になったな。やはり、私が選んだ教育係に狂いはなかったようだ」


 先ほどエミールと庭で戯れて、すっかりアンリはご満悦のようだ。緩み切った顔のまま執務室へと向かっている。

 侍従長が泡を噴いて倒れたので、代わりにカゾーランが供を任された。


「エミール殿下は随分とご成長なされましたからな」

「そうなのだ! 態度も少し様になってきたし、亀甲縛りも上手かった。初めてなのに、なかなかのものだぞ。あれは、きっとセシリアに似て一流になる!」


 息子のことを語る顔は明るくて嘘には見えない。清々しくて、とても表裏があるとは思えなかった。心の底から、エミールを息子として想っている。


「陛下」


 そんなアンリに、こんな話をするのは無粋だろう。

 だが、最近は近づくこともままならなかった。機を待つうちに、なにか取り返しのつかないことにならないか――。


「カゾーラン」


 アンリが横目で振り返った。カゾーランの思惑を察せられたのではないかと、冷や汗をかく。


「エミールは私とセシリアの子だ。間違いなく」


 先ほどまでよりも声が落とされている。アンリはその調子のまま立ち止まり、カゾーランを振り返った。


「私はエミールが可愛いのだよ。たった一人の妻が残した忘れ形見だ。それ以上に、私自身守りたいと思っておる。そなたも子がいるなら、わかるだろう?」


 そう言っているアンリの表情は穏やかで、しかし、空気は引き締まっている。


「カゾーラン、エミールを守ってほしい」

「陛下……」


 どうして、アンリがこのようなことを言いはじめたのかわからなかった。

 カゾーランは行き場を失くした言葉と疑念を彷徨わせて、若草色の目を伏せる。

 身体ばかり鍛えて、心は若い頃となにも変わらない。女に逃げて女々しい行為をしていた頃と変わらず、崩れ落ちそうになっている。


「言われずとも、このカゾーランは王族の守護騎士を拝命しております。エミール殿下をお守りするのは、我が使命」


 アンリの眼差しに応えるように言葉を紡ぐ。


「そうか。では、頼む」


 アンリは満足したように口を綻ばせると、再び歩き出した。


「私は弱いからな。独りでは国を治めることも、我が子を守ることも出来ぬのだ。そなたがいてくれたら、安心するよ」


 アンリはカゾーランになにかを隠し、真実から遠ざけようとしている。それは事実だ。

 だが、今の言葉が嘘とは思えない。

 矛盾を感じて困惑する。

 いったい、この王の真意はどこにあるのか。

 だが、聞くことなど出来ない。もしかすると、今のは牽制だったのかもしれないと感じる。


 策謀を考えるのは得意だ。戦でも戦術を成功させてきたし、外交に関する助言も功を奏することが多かった。

 だが、カゾーランには自分の感情を隠せない。妻には泣き虫だと言われるし、ルイーゼには大袈裟だと笑われる。

 駆け引きには向いていないのだ。特にアンリとの会話は、見透かされてばかりである。


 昔から、なかなか真意を読ませず、食えないところがあった国王だ。

 セシリア王妃に手綱を握られているように見えて、その理想を一つずつ政という形で実現させてきたのは、全て彼である。恐らく、フランセールの歴史に残る国王だ。


 だからこそ、恐ろしいと思う。カゾーランには、アンリのことが恐ろしく見えることがあった。


「では、世話をかけたな。カゾーラン」


 アンリを執務室に送り届けたあと、自分の執務室へと向かう。

 その頃になると、ミーディアがアンリの部屋に訪れるところであった。


「あ、カゾーラン伯爵。陛下の連行、ごくろうさまです。ここからは、わたしが見張るので安心してくださいっ!」


 まあ、今日は充分エミール殿下と戯れていたので、大丈夫だと思いますけど。ミーディアは、そう付け足して笑っている。


「ミーディアよ」

「はい、なんでしょう? 馬目線でも、壺目線でもお答えしますよ?」


 ミーディアは首を傾げて、青空色の瞳をパチリと見開いた。


「最近の陛下は、どのようなご様子だった?」

「はあ。陛下ですか? あまり変わりませんけれど……伯爵、なにかありましたか?」


 明るい表情のままミーディアが問う。

 いつもの反応とは少し違う気がするが、彼女に別段変ったことはない。


「そうか」

「ええ。陛下はいつでも、馬目線で見て素敵ですよ」


「では、万一……」


 言いかけて、戸惑った。だが、ミーディアはいわゆる情報源だ。隠す必要もないだろう。


「万一、陛下があの部屋に向かうことがあれば、このカゾーランに知らせよ」


 カゾーランはそれだけ言って、踵を返した。

 アンリの真意がわからない以上、ミーディアに動向を見ていてもらう必要がある。


「は、はあ……あの部屋? どこのことですかね?」


 向けた背を見ながら、ミーディアが不思議そうに首を傾げているのに、カゾーランは気がついていなかった。

 

 

 

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