第104話
顔をフードで隠して、セザールは先を急いだ。人目を忍んで、薄暗い路地裏へと戻っていく。
一度見れば忘れぬであろう絶対的美貌を隠すことは本意ではないが、仕方がない。なにせ、自分の容姿は美しすぎて非常に目立つ。美しすぎるのも考えものである。
手には、市場で調達した不味そうなパンと適当な服を抱えている。自分の食事は早々に済ませたので、これは餌のようなものだ。
なんとか一夜を明かせたが、まだ追われている。
服を着替えて移動した方がいいだろう。セザールも昨日のままでは不味いと思い、既に地味な濃紺のドレスに着替えたところだ。いろいろ妥協してしまった。
ギルバートが満足動けるほど復活しているとは思えないので、いざとなったら、引き摺ることも考えなければいけないのが面倒だ。
「小僧、起きろ」
ボロのように丸くなるギルバートの背をつま先で蹴りつけて、声をかける。けれども、動きは鈍くて反応が薄い。
「食わんと死ぬぞ」
寝ているギルバートの肩を掴んで揺すり起こす。一応は怪我人なので、わずかばかり加減もしてやった。
けれども、違和感を覚える。
「……あのクソガキ」
口汚い言葉を吐いて舌打ちした。セザールは調達した食料と衣類を放り捨てて、路地の壁を蹴りつける。
そこに転がっているのは、ギルバートではない。
「な、なんだ……!? ひ、ひぃッ! と、盗ったんじゃねぇぞ!? もらったんだ!」
「そんなことは、わかっている!」
ギルバートの服を着ていた薄汚い浮浪者の胸倉を掴んで、セザールは悪態をつく。
「おい、小僧はどこへ行った!」
「あ、あっちだよ! それ以上は知らねぇ……おっかない女だな!」
「我は男だ、この非常識人め!」
浮浪者はセザールの形相に怯えて竦みあがり、なにも言えなくなってしまう。
自分の状況をわかっているのだろうか。
どこへ行ったのかだいたい見当がついて、セザールは頭を抱えた。
「非常識的な小僧だ!」
踵を返して追う自分の行為も、だいぶ非常識的だと感じるセザールだった。
† † † † † † †
「ユーグ様!?」
偽ギルバートの顔を確認して、ルイーゼは思わず声をあげた。
遠くから見ると体格が似ていて気がつかなかったが、あれはユーグだ――いや、カゾーランの遠縁の可能性も……いやいや、あれだけ似ていれば充分だろう。
どうしてユーグがここにいる。彼はフランセールに置いてきたはずだ。そもそも、ギルバートのコスプレをしている意味がわからない。裸エプロンではないだけマシか。
「余裕だな!」
思考停止しそうになっているところに、剣の刺突が放たれる。
不意を突かれて油断してしまった。寸でのところで避けるが、翻ったドレスがビリビリと破れてしまう。
「お気に入りですのに!」
破れたドレスの裾を嘆く間に、下衆野郎は次の剣をルイーゼに叩きつけてくる。ルイーゼは受け身を取って、一度下衆野郎との距離を置いた。
「なにがどうなっていますの。面倒臭すぎましてよ!?」
単に城で暴れて下衆野郎を血祭りにし、生意気な引き籠り姫にお仕置きしたかっただけなのに。どうしてこうなった! 思考停止女子力(物理)無双でハッピーエンドの予定だったのに!
苛立ちでギリギリと奥歯を噛む。
面白くない。全く面白くない。予定通りに事が進まず、ルイーゼはムシャクシャした。
そういえば、笛を吹いて時間が経つのにタマがまだ来ない。
タマの足なら、そろそろ着いてもいい頃合いだ。寄り道しているのだろうか。調教の必要がありそうだ。ライオンと言えど、容赦はしない。
「早く殺せ」
下衆野郎が低い声で命じた。ギルバートによく似た藍色の瞳が、揺らめくような紅い光を放つ。
命令の相手は、白玉を装備したルイーゼではない。
「……はい」
ヴィクトリアに抑えられていたユーグが返事をする。
ユーグは腕を掴むヴィクトリアを振り払った。
「ユーグ様、しっかりしてくださいませ!」
ユーグは下衆野郎の命令に反応して動いている。つまり、
こうなると、命令を撤回か上書きしなければならない。または、強制的に白玉を装備させて遮断するか。
どうして、ここに彼がいるのかという問題は先送りにして、まずは現状を打開する必要がある。なんとか、ユーグに白玉を装備させなくては。
けれども、ルイーゼは下衆野郎の相手で精いっぱいだ。
「ギルバート殿下と、それに加担する謀反人どもを捕えろ」
下衆野郎が笑い、周囲の兵士たちに命じる。兵士たちが一気に、ルイーゼを取り囲んだ。
その言葉に、ルイーゼは事態を察した。
「……そういうことですか」
なるほど。ユーグにギルバートのコスプレをさせている意味が、ようやく理解出来た。
「考えることが下衆ですわね。アルヴィオスの国民を騙すおつもり?」
大勢の貴族たちの前で、ギルバート(偽)が国王(偽)を殺害する。それを処罰するという名目で処刑でもするつもりなのだろう。
いや、国王(偽)を殺害させたあと、この場でギルバート(偽)殺してしまうつもりだったのかもしれない。
アルヴィオスの国民は、いつまでも旧体制を敷く王家に不満を募らせている。各地で小規模だが反乱が起こっている現状だ。今は対処出来ているが、やがて抑えられなくなる日が来るだろう。
「ギルバート殿下に謀反を起こさせ、それを制圧する形を取れば新しい政権を自然に立てることが出来ますものね」
要はヴィクトリアたちがやろうとしていることと同じだ。今の王家を排除して新しい政権を樹立させる。
そのために、下衆野郎は周到に偽の国王を用意していた。
いつか新しい権力者として自分が君臨するために。
中身がなにも変わっていないことも知らずに、国民は「新しい国王」を受け入れるだろう。
そして、下衆野郎リチャード・アルヴィオスの魂が転生し続ける王家の支配が続くのだ。
「自作自演の革命だなんて、浅はかな……形ばかり一新しても、中身が変わっていなければ同じことですわよ」
「よく考えたと、褒めて欲しいくらいだがなぁ?」
「本物のギルバート殿下が出てきたら、どうしますの」
「もう始末した。あのときの顔は傑作だったな」
下衆野郎は吐き捨てるように言って笑った。紛れもない下衆顔である。仮にも、息子のことを話す表情だろうか。
どこまでも考えることが下衆だ。虫唾が走る。
「考え方が小物ですわ。少しもラスボス感がしません。三下です。某ライダー番組の一話目で爆散する怪人級がお似合いですわ」
ルイーゼは言い捨てて、
何人かの兵士が一気に斬りかかるが、難なく捌く。ルイーゼは、そのまま一気に下衆野郎との距離を詰めた。
飛び上がって振り下ろした刃の波紋が光の軌跡を描く。
「わたくし、今は王族の教育係をしておりますのよ。クズの王族を見ると、つい調教したくなってしまいますわ!」
金属と金属が重なり合い、火花が散る。
現世に転生してから、これ以上にないくらい血が滾っている。令嬢らしくない好戦的な獣のような笑みを浮かべて、ルイーゼは下衆野郎の首を狙う。
見たところ、実力は互角程度。体力がなく、リーチの短いルイーゼが不利かもしれない。
けれども、それがなんだ。
「今、とぉっても機嫌が悪いのですわ。下衆の極み野郎の首を獲らなければ、おさまりません。戦略的撤退? そんなものは、わたくしの辞書にはありませんわ」
「黙って聞いてりゃ、勝手なことを言いやがって。お前、今の状況わかってんのか? 馬鹿が!」
下衆野郎が悪態をつき、ルイーゼの刃を払う。
ルイーゼは殺気も闘志も抑えず、獲物をまっすぐに睨みつけた。
「アルヴィオスの行く末? 転生? どうしてユーグ様がいらっしゃるのか? ハッ! 知りませんわ! 関係ございません!」
気分が悪い。イライラする。お仕置き程度では物足りない。
身体の底が熱くなってくる。
感覚的に、今自分が
「ぶっ殺してやりますわよ!」
令嬢らしさを捨てた言葉を吐いて、ルイーゼは地を蹴った。
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