第103話

 

 

 

 ルイーゼとヴィクトリアは息を潜めた。

 タマは目立つので倉庫に待機させている。ルイーゼやエミールが笛を吹いたら、駆けつけるように芸を仕込んだのだ。

 ロンディウムへの道中、暇だったので調教しておいた。流石に元サーカスのライオン、飲み込みが非常に良くて優秀だ。

 遊んでくれると勘違いして、顔を舐め回されるのが困りものだが。


「もうっ、狭いのですわ」

「ごめんよ」


 狭すぎる空間で、ルイーゼはヴィクトリアの身体を押し退ける。

 二人が隠れたのは大きな壺だった。

 倉庫に放置されていたもので、ちょうどいい具合に穴が空いており、足を出して歩くことが出来る。

 ……非常に既視感を覚える壺目線スタイルであるが、気のせいだろう。

 そういえば、エミールがいなくてフランセールの王都は大丈夫だろうか。ヴァネッサが頑張っているという話だが、そろそろ問題になっている気がする。

 まあ、ユーグが帰っただろうから、大丈夫。なんとかなっているはず、と思いたい。


 そんなことを考えながらも、しっかりとウィリアムこと下衆野郎たちを追う。

 本当は問答無用で大暴れしてやるつもりだったが、事態がよくわからないので仕方がない。暴れたくてウズウズしているけれども、仕方がない。仕方がないったら仕方がない。


 ギルバートは王子なのだから、城にいても不思議ではない。下衆野郎だって普段は近衛騎士団長を務めているのだ。一緒でも不自然はない。ルイーゼの方は失敗したが、彼のことは露見していないのかもしれなかった。

 しかし、下衆野郎は王子であるギルバートを呼び捨てていた。

 実の父親なのだから当然だが、ギルバートはそれを知らないはずで……。


「どうにも、変ですわ」


 ルイーゼは二人を睨んで呟いた。

 それにしても、壺の中は狭い。

 ルイーゼは密着するヴィクトリアの身体を肘で押し退けた。すると、ふっくらと温かい感触が肘に触れる。


「…………羨ましくなど、ないのですわ」

「なんの話だい?」


 自分の断崖絶壁を触りながら呟く。押し退けても押し退けても、背中にふっかふかの胸部が当たって、なんだか集中出来なかった。


「少し分けてほしいとか、思っていないのですわ」

「だから、なんの話だい?」


 胸囲の格差社会下層民の気持ちなど、わかるまい。ふふふ。

 ルイーゼが黒い笑みを浮かべる一方で、ヴィクトリアはわけがわからず苦笑いしていた。


 壺に擬態しながら進んでいるおかげで、尾行は気づかれていない。

 ルイーゼはいつも簡単にミーディアを見つけているのだが、壺目線は割と効果があるようだ。まさか、アルヴィオスでも通用するとは思っていなかった。


「ここって……」


 下衆野郎とギルバートが立ち止まった先を見て、ヴィクトリアが眉を寄せる。

 ついでに、身を乗り出したせいでルイーゼに胸も押し付ける形となった。その気はないとわかっているが、見せつけられた気分になる。


「この部屋が、なにか?」

「円卓の広間だよ」

「円卓……? 円卓の騎士ですか? アーサー王ですか?」

「なんだい、それは? 国王を交えたアルヴィオスの会議だよ。こっちは裏口みたいなもんだけど」


 フランセールの謁見の間や議場と同じような造りなら、入口が複数あるのだろう。正面の入口と、国王が入る入口、護衛が入る入口辺りが考えられるか。


「入るようですわね」

「あっちから入ろう」


 ヴィクトリアの提案で、ルイーゼたちは別の入口から回り込むことにした。


 ヴィクトリアが選んだのは、奴隷専用の入口だ。

 アルヴィオスでは奴隷の売買が日常的に行われており、城でも多くの奴隷を「飼って」いる。だが、普段は王侯の目に入らないよう、専用の通路や入り口を利用して雑務をこなしているらしい。

 表からは見えない通路とは、好都合だ。ルイーゼたちは壺のまま、謁見の間に入室した。


「これは、なにを?」

「円卓会議だよ。アルヴィオスの政治を決める場さ……もっとも、ほとんど国王の意向で決まるけどね」


 部屋を囲むように下ろされた緞帳の隙間から、ルイーゼたちは様子を覗き見た。

 大きな円卓に貴族たちがズラリと並んで座っている。フランセールで見かける大臣たちに近い雰囲気があるので、きっと会議に参加する貴族たちだろう。

 一番奥の上座に当たる席には、偽国王がいる。

 今にして思うと、あの如何にも「私、国王です!」という雰囲気が非常に胡散臭い。いや、本物よりも、ソレっぽいが。むしろ、フランセールの国王どこかのドMよりも、ソレっぽい。


「なんの議題でしょうか?」

「さあ……近々、円卓会議があるなんて情報は、父さまから聞いていないよ。緊急招集されたのかも」

「フットワークが軽いのですわね。フランセールの貴族だと、緊急招集したところで、ここまで集まりは良くなくてよ?」


 前世の話だが、「他国が侵略してきたので、みんな集まってくださいよー!」と言っても、重鎮が集結するのに数日かかった記憶がある。


「重鎮どもは、だいたい宝珠に囚われているからね」

「なるほど……なんだか、人魚の宝珠マーメイドロワイヤルよりも、火竜の宝珠サラマンドラロワイヤルの方がチートっぽく感じますわね」

「ちーと?」


 どうせなら、あっちが欲しかった! 俺TUEEEEチートしたい! ルイーゼは口を曲げた。


「でも、変ですわ。宝珠の力で人間を操ることが出来るのだったら、どうして下衆野郎……リチャードは人魚の宝珠を手元に残さなかったのでしょう? アルヴィオスの建国記通りなら、当時のフランセール国王との密約があったのは、わかります。でも、宝珠を使えば、なんとでもなったのでは?」


 ルイーゼなら、二つの宝珠を手に入れておきながら、片方を手放すことはありえない。

 人魚の宝珠が傍にあれば、自分の転生を邪魔されるかもしれないが、逆に自分の目が届かない場所にある方が不安ではないか。現に、妙な事故によって人魚の宝珠は長い間所在不明になってしまっていた。


 まるで、故意にフランセールへ渡したみたいではないか。

 だが、なんのために?


「ギル……」


 考え込んでいると、ヴィクトリアがわずかに身を乗り出す。

 下衆野郎を伴ってギルバートが現れたのだ。

 普段はシャツのボタンを数個空けた野性的なスタイルが多いせいか、詰襟の黒い上着をカチッと着こなしている姿に違和感がある。


 ギルバートは長い脚で前に進み、まっすぐ偽国王へと歩いていく。

 王子である彼が玉座に近づくことは自然なのか、止める者はいないようだ。


「…………!?」


 けれども、その手に光るものを見て、ルイーゼは目を見開く。ヴィクトリアも気がついたようだ。


「ギル!」

「ちょっと! お待ちになって!」


 ルイーゼの制止も聞かず、ヴィクトリアが飛び出していく。

 ルイーゼは仕方なく、タマを呼び出す笛を吹きながら、ヴィクトリアのあとを追った。

 ギルバートが隠し持っているのは短剣だ。貴族たちが集まる会議の場で、国王に近づきながら刃を隠し持つなど――どう考えても異常である。


「なんだ、貴様ら!」


 唐突に乱入したヴィクトリアとルイーゼを阻もうと、護衛たちが前に出る。

 ヴィクトリアは意に介さず、兵士の顔面に強烈な右ストレートを叩き込んだ。鼻血を噴出させながら倒れた兵士を踏みつけて、ルイーゼも別の兵士を木刀で叩きのめした。


「なにやってるんだい、このクソ王子!」


 ヴィクトリアはまっすぐギルバートに向かって走る。

 ちょうど短剣が偽国王へと向けられようとしていたところに、ヴィクトリアの回し蹴りが入った。


「くッ……」


 体術を得意とするヴィクトリアの攻撃を受けて、ギルバートはアッサリと短剣を手放してしまう。


「この……!」


 思わぬ乱入者に、ウィリアムこと下衆野郎が剣を抜いた。彼はそのままヴィクトリアに向けて剣を突き出す。


「あなたこそ、邪魔しないでくださいませ! この下衆野郎!」


 ルイーゼは脇差プチ・エクスカリバーちゃんを抜いて、下衆野郎の一撃を阻止する。下衆野郎は驚いて目を見開きつつも、ルイーゼから距離を取った。


「血祭りです。あなたのお相手は、わたくしでしてよ。その首を頂戴したあとに、生意気なピーチ姫にお仕置きするのですわ」


 先ほど笛を吹いたので、タマもそろそろ駆けつけるだろう。

 ルイーゼは波紋が浮かぶ刃を舌先で舐めながら、どのように下衆野郎を始末してくれようか思案する。

 久しぶりに、血の滾るお仕置きが出来そうだ。


「元子分のくせに、生意気なのですわ!」


 だいたい、アルヴィオスの建国資金になったのは、ルイーゼが前世で海賊として貯め込んだ財宝である。

 しかも、リチャードは腹心の部下ではあったが、実力は中途半端。出世力の高さで、傍に置いていたようなものだ。そこのところを勘違いされると困る。


「うるせぇぞ」


 元子分呼ばわりされて、下衆野郎があからさまに表情を歪める。

 海賊だった前世を持っていても、以降はずっと国王に転生している。久々にdisられて、気分がよくないのだろう。ルイーゼは、そんな下衆を見下すように高笑いしてやった。


「勘違いするなよ、クソアマ……お前はエドじゃねぇ」

「当り前ですわ。わたくし、現世の名前はルイーゼ・ジャンヌ・ド・シャリエ。可憐で品行方正、深窓の公爵令嬢ですもの」

「なにも、わかっちゃいねぇな」


 言っている意味がわからないが、とりあえずは負け犬の遠吠えにしか聞こえない。

 ルイーゼは華麗にスルーして、派手にデコレーションされた脇差を構えた。


「え、ギル……? いや、違う……あんた、誰だい?」


 そんなルイーゼの後ろから、ヴィクトリアの戸惑う声がする。

 急いで振り返ると、ヴィクトリアとギルバートが揉み合っているところであった。


「え……?」


 遠くから見た背格好はギルバートに見えていた。

 しかし、近くで見ると違う。

 虚ろな若草色の瞳が無感動にヴィクトリアを見下ろしている。長い三つ編みの黒髪も、よくよく見れば染料で染めたものだとわかった。そもそも、顔が違う。


 ギルバートとは別人だ。そして、同時にルイーゼの知っている人物でもあった。


「え、ユーグ様?」

 

 

 

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