第40話
「ね、ねぇ、ルイーゼ。みんな、僕たちのこと、見てる気がする」
「そうですわね。注目の的ですわよ。ある意味」
仮面舞踏会ではなく、仮装大会のような装いのエミールと合流し、ルイーゼは冷ややかに言った。
正直、目立ち過ぎである。
「だ、だって。ここ、すごく眩しいよぉ……みんなきれいだし……キラキラしてて……」
エミールは弱音を吐きながら、手足をカタカタ震わせている。
「大丈夫です、殿下。はじめはみんな緊張するんです。普通のことですよ。わたしのことは、馬かなにかだと思ってください!」
足が竦んで動けないエミールの手をミーディアが握っている。馬の仮面をつけているせいで、酷くシュールな絵面となっていた。そして、もう既に彼女のことは馬にしか見えない。
「そ、そうなの? ミーディアやルイーゼも、そうだったの?」
エミールの問いに、ミーディアが頷く。だが、ルイーゼは「うーん」と数秒考え込んでしまった。
「初めての夜会ですか」
ルイーゼはふと、自分の夜会デビューを思い返す。
前世でデビュー済みだったので、大して緊張した覚えはない。
むしろ、堂々としすぎて父シャリエ公爵がベタ褒めしてつき纏い、あまり人との交流を楽しめなかった。紙吹雪まで作って撒きながら歩く親馬鹿公爵を思い出すと、今でも恥ずかしい。別の意味で。
思えば、一番目の前世から人に注目されることには慣れていた。剣道の全国大会で優勝して、カメラの前に立ったときが一番緊張しただろうか。それからは肝が据わり、転生しても物怖じしなくなっていたと思う。
注目されることに慣れているルイーゼには、エミールの感覚はあまり理解出来なかった。
「場数を踏めば、慣れるものですわ」
「そ、そうかな?」
「そういうものです」
そうとしか言いようがない。慣れるしかないのだ。そのための仮装大会、もとい、仮面舞踏会である。
「とりあえず、ミーディア嬢をダンスに誘ってくださいませ」
本題に入らなければ。
ルイーゼはエミールに、練習通りミーディアをダンスに誘うよう促した。エミールは緊張した様子で、頭をガクガクと動かして何度も頷く。
「ご、ご令嬢……僕と踊りマ、セン、ンカ?」
「ぎこちないですわ」
駄目だしすると、エミールが困ったようにルイーゼの方へ顔を向けた。表情はわからないが、たぶん、泣きそうになっているのだろう。
「ル、ルイーゼ……頼みがあるんだけど」
「泣きごと禁止ですわよ」
「う、ぅ……ち、違うよ……そ、その……応援、してほしいなって……」
予想していなかった台詞だ。
ルイーゼは面食らってしまったが、求められれば仕方ない。効果は薄いと思うが、試すことにした。
「がんばってください、エミール様。お部屋では、お上手に踊っていましたもの。出来る出来る、出来ますわ。今日からあなたは、富士山です」
熱すぎる元テニス選手風に言いながら、ルイーゼはエミールの肩を叩いて押した。少し棒読みになったが、エミールは気にしていないようだ。
エミールは「ふじさん? ふじさん。僕はふじさん。ふ、ふじさーん!」と、呪文のように呟く。たぶん、意味はわかっていない。
一連の遣り取りを見て、ミーディアとカゾーランが互いに顔を見合わせ、肩を竦めていた。なにがおかしいのだろうか。ルイーゼは仮面の下で、不機嫌を作った。
エミールは小さく意気込んだ後に、ミーディアに歩み寄っていく。頼りないが、しっかりとした足取りだ。
「ご、ご令嬢」
やや口籠りながらも、エミールははっきりと声を発した。
「僕と踊りませんか?」
言いながら、エミールは一礼し、ミーディアの手を取る。部屋で何度も練習した一連の動作だ。ミーディアは「はい」と答え、桃色のドレスを摘まんでお辞儀する。
先ほどまでと比べて、だいぶマシになったようだ。スムーズとは言えないが、エミールはなんとかミーディアを伴って、広間の真ん中へと歩いて行った。
「やれやれですわ」
二人を見送ってルイーゼは息をついた。やれば出来るではないか。
「まったくである。相変わらず、腑抜けの阿呆のままであるな」
ルイーゼの隣に立ち、カゾーランも溜息をついている。ルイーゼは、「うんうん」と頷きながら腕組みした。
「確かに、エミール様は腑抜けでいらっしゃいます」
「……おぬしのことだ、ルイーゼ嬢」
「は?」
なんの話だ。カゾーランを見上げるが、仮面のせいで表情がわからなかった。
前にも、似たようなことを言われたと思う。ルイーゼは納得いかず口を尖らせるが、カゾーランは解説する気がないらしい。
とはいえ、暇である。
エミールの様子を見る限り、あまり心配なさそうだ。たまに緊張して動きがロボットのようになっているが、基本的にはミーディアが上手くリードしてくれている。
心配だが、あまりジロジロ見ていたくない。目のやり場に困るというか、なんだか、面白くない。きっと、珍妙な仮面のせいだろうと、ルイーゼは結論付けた。
暇なので、次の曲はカゾーランでも誘って踊ることにするか。一度、じっくり筋肉を堪能したかった。むしろ、堪能したい。よし、そうしよう。
「失礼します、お嬢さん」
カゾーランに声を掛ける前に、誰かから呼ばれる。誰だろう。ルイーゼは何気なく振り返った。
夜を溶かしたような闇色の髪が揺れる。濃紺の衣装をまとった仮面の青年が、腰を折っていた。仮面舞踏会では珍しくもない出で立ちだ。
顔の右半分は仮面に覆われているが、左半分から見える藍色の瞳は優美な笑みを描いていた。歳の頃は、エミールと同じくらいか。
社交界に出る要人は、ほぼ頭に入れている。だが、彼はルイーゼの知らない人物のようだ。半分見えている顔に覚えがない。
「よろしかったら、踊りませんか?」
ダンスに誘われたようだ。
深海のような藍色の瞳が湛えた笑みを見て、ルイーゼは一瞬呆けてしまう。カゾーランでも誘おうと思っていたが、拒む理由もない。とりあえず、口元に笑みを描いておいた。
「ええ。お名前を伺ってもよろしいでしょうか?」
仮面舞踏会では顔で相手を判別出来ないことも多い。名前を聞くことは無礼には当たらなかった。
「ギル……と申します」
青年は少し考えたあとに、こう答えた。
明らかに愛称で、家名もなにも名乗っていない。おまけに、よく聞くと少し訛ったフランセール語を使っている。
なにかありそうだ。ルイーゼは少々疑いの目を向けてしまう。近くに立っていたカゾーランも不審に思っているようだ。
「変わったお嬢さんだと思ったので、つい声を掛けました」
「変わった? わたくし、ごく一般的な令嬢にございますわ。それよりも、あなたの方が変わっていると感じますわ」
ルイーゼは一般的な令嬢に比べると、確かに抜きんでる美しさを持っている。それは充分に自覚しているし、自慢の一つだ。見惚れるのも仕方がないだろう。
だが、仮面舞踏会では顔が見えない。ルイーゼの美貌を惜しげもなく振り撒いているとは思えなかった。
不思議がっていると、ギルと名乗った青年は腰を屈めてルイーゼに視線を合わせる。そして、急に距離を詰めるように顔を近づけてきた。
「やっぱり、変わっている」
丁寧な物腰が外れて、少し荒っぽさが垣間見える。ルイーゼは突然のことで、反応が遅れてしまった。
「あんたの前世、変わってんな。もう少し、よく見せてみな」
「え?」
誰にも聞こえないほど小さな声で言われ、ルイーゼは冷や汗が流れるのを感じた。
隙がない動作で仮面に手を掛けられる。
ルイーゼは、ようやく反応して、ギルの手を払い除けた。ギルは驚いたように目を見開いていたが、楽しそうに笑って立ち上がる。
「失礼しました、つい」
ギルは丁寧な口調に戻り、ルイーゼから距離を取る。
ルイーゼは触れられてズレた仮面を整えた。少々驚いたのか、やや心臓の鼓動が乱れたようだ。落ち着けようと、深呼吸する。
変わった前世とは、どういうことだ。
いや、ルイーゼは確かに変わっている。七回も転生した記憶がある人間など、そうそういないだろう。カゾーランやミーディアのような人間と出会って忘れていたが、ルイーゼは特殊なタイプの人間なのだ。
しかし、見ただけでルイーゼの前世がわかるとは、思えない。
警戒して睨んでいると、ギルが笑顔で説明する。
「いえいえ、体質のようなものです。気にしないでください……でも、初めて見たなぁ。こんな人。あなたの前世はオカマかなにかかもしれない」
「はあ……は?」
オカマ? 前世……オカマ!?
そう言われた瞬間、後ろでカゾーランが噴き出しているのが聞こえた。
なにがそんなにおかしいのですか! ルイーゼはカゾーランを睨んで振り返った。カゾーランは耐えるように肩を震わせていたが、やがて、声をあげて笑いはじめてしまう。
ルイーゼの前世を知っているカゾーランからすると、面白くて仕方がなかったのだろう。ミーディアに聞かれていても、同じ反応をするかもしれない。
ルイーゼはギルという青年が酷く胡散臭い上に、適当なことを言う電波さんだと確信した。
前世がオカマ? 大間違いすぎて失笑ものだ。
ルイーゼの前世は男女混在しているし、詐欺師の頃は男装を嗜んだこともあった。
だが、オカマだった事実はない。ユーグのようなオネェでもない。直近前世も、間違いなく男だったはずだ。少々恋愛脳のアホ前世だったが、普通に屈強な戦士だったはず。女装癖もなかったし、女々しい行為も好まなかった。そのはず。はーずーでーすーわーよーねー!?
「いい加減なことを言わないでくだ――あら?」
反論しようとして、振り返る。
だが、そこにギルの姿はなかった。
何処へ行ってしまったのだろう。
「ル、ルイーゼぇ……も、も、もう……だめぇ。帰りたい……」
代わりに、一曲踊り切ってヘトヘトになったエミールが泣きついてくるのだった。
† † † † † † †
面白い人間もいるものだ。
仮面舞踏会とやらの会場を抜け出し、ギル――ギルバートは唇に笑みを描いた。仮面を外すと、左右で色の違うオッドアイが現れる。
「ギルバート様、いかがでしたか?」
物陰に隠れていた従者がギルバートのところへ歩み寄る。
ギルバートは視線で「いや」と、目的が遂行出来なかったことを伝えた。元々、あまり期待していなかったので、従者も心得たように「そうですか」と言うのみだった。
「情報通り、本当にアレはないのかもしれんな」
「だとすれば、少々困りましたね」
困る。アレがないということは、ギルバートの目的は達成されないということだ。
だが、ギルバートに落胆の色は見られない。むしろ、強かに獲物を狙う獣の笑みを浮かべた。
「代わりに、面白そうなものを見つけた」
互いに仮面をつけていたせいで、よく見えなかった。
だが、「彼女」は間違いなく、アレの痕跡を持っている。アレと同じ「色」を宿していた。
「まあ、調査は続けるとしよう」
「はい」
見張りの兵たちが近づく気配がする。ギルバートとその従者は闇に紛れるように、その場を後にした。
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