科を負う

まっく

独白

 私は罪を犯しました。

 どうしてもたっといお菊様の為にとがを負いたかったのです。


 私はお菊様の付き人を仰せつかっておりました。花嫁修業をするなら、お菊様の元でと私から申し出たのでございます。

 お菊様の事は小さき頃から見知っており、その麗しいお姿に憧憬を超えて、崇拝に近い気持ちを抱いておりました。

 実際にお世話をさせて頂くようになってからというもの、それは増すばかりでございました。


 お菊様は、お付きに対して決して邪険にするお方ではありません。

 お姿だけでなく、心根も美しいお方でごさいます。


 もちろん、お菊様と比べるまでもございませんが、私とて卑しい身分の者ではありません。

 多くのお付きの中でも、私には特にお目を掛けて頂いていたように思います。

 しかし、お玉とは姉妹のように思っている、とは分不相応なお言葉。にも関わらず体が震える程の悦びを感じ、いまだにその愉悦が体の中をのたくっているのですから、私が卑しい人間であるのは疑いようがございません。


 付き人の中でも、一際ひときわ異彩を放っている者がおりました。それは中年増の尼にございました。

 兎に角、よく目端の利く人でお菊様からの信頼も厚く、私どもの花嫁修業の良いお手本にもなっておりました。

 お菊様のお世話が主な仕事ですが、 もう一つ重要なお役目がございました。

 人前に出る事の多いお菊様の万が一の粗相の時に、その科を負うお役目でございます。

 言葉にするのも憚れますが、特に大きな粗相とは放屁でございましょう。

 お見合いの席で放屁してしまった娘が、自ら命を絶った話や、二度と人前に出なくなってしまったという話は多く聞き及んでおりました。

 さらには放屁娘などと呼ばれて、家紋に傷を付けるとまで言われる始末でございます。

 ですので、その科を負うお役目は大変重要なのでございます。

 そのお役目は、放屁の科を負う尼なので、世間からは屁負比丘尼へおいびくにと呼ばれております。


 正直に申し上げますと、私はこの屁負比丘尼に憧憬と嫉妬が綯交ないまぜになったような感情を抱いておりました。

 このような目端の利く女になりたい気持ちと、お役目上、お菊様の行く先々に必ず帯同出来る事への妬みでございます。


 お菊様は些か人前に出るのを苦手としておいででした。

 緊張からか不注意になってしまわれ、粗相をしてしまわれる事もしばしば。

 よく顔を赤らめていらっしゃいましたが、そんな所が私はお菊様を殊更に尊いと思う所でもあるのでした。

 欠けている事は完全よりも遥かに美しい。

 そうは思いませんか。


 そうですね。この屁負比丘尼は優秀過ぎたのかもしれません。

 私どもでは到底気付かないような粗相であっても見逃しません。

 屁負比丘尼の「私でございます」の言葉で初めて、ああアレがと気付くくらいなのです。

 しかし、正しい事は、時に人を傷つけるのです。

 屁負比丘尼の存在も周知され始め、不自然に中年増が側にいたのでは、余程勘の鈍いお方でなければ、科負いに気付くのも当然の話。

 そうなると、屁負比丘尼が優秀なのも、困ったものなのです。

 もちろん、それを咎める御仁などいらっしゃいません。

 しかし、屁負比丘尼がお役目を果たす度に、お菊様は爪痕が残るくらい手を握り締めていらっしゃったのでした。忸怩たる思いは相当であったのだと思います。

 そのお姿に気付いた時が、私がお役目ではないのも家に迷惑を掛けるのも顧みず、その科を負いたい気持ちを芽生えさせた最初でございました。

 同じ年頃の私が、そのお役目を担えば、科負いを疑う御仁も少なくなりましょう。さすれば、お菊様の気持ちも多少は軽く出来るのではと。


 その為には屁負比丘尼の存在を消すより他はないとの結論に至ったのです。


 何をもって全てとおっしゃってるかは分かりかねますが、私が見知った屁負比丘尼に限っては全て手に掛けました。

 また新しい屁負比丘尼がやって来ては、元の木阿弥ですからね。

 石で頭を叩き割ったり、濁流に突き落としたりもしました。


 しかし、よくよく考えてみれば、屁負比丘尼を駆逐するなんて、出来るはずございませんよね。己の馬鹿さ加減には閉口してしまいます。


 形は思い描いていたものとは違うにせよ、尊いお菊様の為に科を負えたのですから、私は幸せ者でございます。


 願わくば、草葉の陰からお菊様の幸せを祈っておりますと伝えて頂きたいものですが、それは贅沢が過ぎるのでしょうね。

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