佐都春馬とファン一号

nekotatu

尊い

「ぴゃぁぁぁぁぁ尊いいいいいい!」


そう声をあげる笹崎蛍ささざきほたるに満足げな顔をしながら、佐都春馬さとはるまは自分の作品を見た。

それは佐都と笹崎がしばしばパーティーを組んで遊んでいるMMOの笹崎お気に入りのキャラクターを佐都の絵柄で描いたものである。


佐都は小説家だが、絵を描くこともでき、なろうとおもえば漫画家になれるくらいの技量を持っている。

また、デビュー作やこだわりのある小説では自分で挿し絵や表紙絵を描いていた。

笹崎はデビュー作からのファンで、「表紙に一目惚れして、そのあと小説に惚れた」と言うほど佐都の絵を気に入っている。


「いいの!?これお金払うレベルじゃなくて!?」


「いいよー、この間のサイン会のお礼だから!笹っちのお陰でファンたちが混乱しなくてすんだし」


「いやー、私はちょちょっとSNSで投稿しただけだって。でもこれは永久保存確定でしょ……」


「そう言ってくれると僕も気合いいれて描いたかいあったね!」


佐都は嬉しそうに微笑んだ。

佐都にとって笹崎はただのファンではない。

初めて交流したファンなのだ。


デビュー作を発売した日は佐都もドキドキして夜も眠れず、作家用に作ったばかりのSNSアカウントをずっと眺めていた。

どんなに眺めてもときどきいいねやリツイートが増えるだけで何も変わらないのに、ただひたすらスマホを見つめ続けた。

隣には担当編集かつ幼馴染みの栗須純くりすじゅんが寝ていた。

「落ち着かないだろうから側にいてやるよ」とか言ったくせに、真っ先に寝たことは今でも覚えてるしときどきそれでからかっている。

隣ですやすやと安らかに眠る栗須を少し恨めしく思いつつ、ひたすらSNSをリロードすることを繰り返す。

すると、突然に一つのDMが届いた。


『初めまして、作家の佐都春馬先生でしょうか。私をファン一号にしてくれませんか!』


佐都は最初は戸惑ったものの、話していくと趣味が合い、好きなアニメやゲームの話が弾み、なんと近所に住んでいるらしいのでオフ会をする仲にもなった。


「尊い……か。思い返してみると、出会い一つ一つも尊いものだなぁ」


佐都はぽつりと呟いた。

笹崎も思い当たることがあるようで、続けてしみじみと言う。


「出会いも尊く、またそこから始まる日常も尊いね~」


「うん。僕はファンタジーを書くことが多いけどさ、特殊なことが何も起きない日常も好きなんだ。事件もなく、ただ生きるだけの話」


「そもそも、小説のなかの登場人物たちだって事件なんて起きない方がいいんだろうね。異世界も、妖怪も超能力もない平和な日常」


笹崎は少し悲しそうに言った。

それは超能力が存在することを知っているからだ。

そして今も裏で人々の日常を奪っている。

いや、今はこれは関係ない。と笹崎は頭を振って暗くなりかけた気持ちを吹き飛ばした。


「でも日常は大切だけど、笹ちゃんは佐都先生のファンタジー大好き!独特の世界観とか、現実の横にある非日常感が好き~」


「うん、ありがとう!日常は大切なものだけど、作品としてのファンタジーは揺るがないから大丈夫」


佐都は自信のある表情で言った。


「思えば僕も慣れてきたなぁ。最初はあんなに不安だったのに」


「今や佐都先生は『期待の急上昇作家』だもんね」


「この間のサイン会ではひやひやしたけどね……」


この間のサイン会とは、佐都がオフ会の情報を作家用のアカウントで漏らしたことがきっかけで『佐都先生のサイン会が開かれるらしい』とファン中に広がってしまった事件のことだ。

サイン会には多くのファンが集まり、佐都の小説への思いを聞かせてくれた。

きっとこの自信もファンたちがくれたものなのだろう。


「世の中には尊いものがたくさんあるね。僕はそれを守りたいし、伝えていきたいな」


「私も応援してるよ、佐都先生」


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