第43話 魔界潜入(8)
レッサーデーモンが動かなくなるのを確認して、僕は安堵の溜息をついた。
よく見ると、周囲には昆虫の羽を待ったものや樹木のような形をしているもの、色々な生物の特徴を併せ持つものなど、様々な異形の者の屍が転がっていた。
当然のことながら援軍など来るはずもなく、全ての魔物をテレーズ王女ひとりで倒したことは疑いようの無い事実だ。
その証拠に、転がっている魔物の全てに鋭利な刃物で貫かれたような傷跡があるにもかかわらず、その周囲には剣一本落ちてはいない。
「テレーズ王女、無事で良かった。」
戦闘態勢を解いて、僕はテレーズ王女に駆け寄った。
「それは私の台詞だ。さっきも言ったが、助けに行けずほんとうにすまなかった。」
深々と頭を下げるテレーズ王女には、王族の傲慢などは微塵も感じられない。
「それはそうと、さっきの魔法は?!」
顔を上げたテレーズ王女が、僕に詰め寄ってきた。
「そうなんですよ!闇の魔法、少しですが使えるようになったんです。しかも僕にしては結構な威力じゃないですか?」
右手に魔力を集中し、再び長剣を出現させてみせる。
今度はあまり集中していなかったからか、先程出した剣に比べると、荒い作りになってしまった。
「前に私の魔法を見ているから、闇の魔法を鮮明にイメージできるようになったのだろう。加えて魔界という環境が他の加護精霊の働きを抑え、結果的に闇の魔法に使える魔力が増え威力が増した、ということだな。」
僕の出した魔法の剣をまじまじと見ながら、テレーズ王女が説明する。
な、なるほど。
さすがは上級生、状況の分析が秀逸だ。
本当は「さすがロゼライト、すご~い」とか「頼りになるな」などという言葉を期待していたんだが、テレーズ王女にそのような言葉を期待するのが間違っていたらしい。
「それはそうと、テレーズ王女!」
僕が地中から生還したといっても、事態が好転したわけじゃない。振り出しに戻っただけだ。
「早くシャルロット王女を見つけないと。」
僕達が魔界に潜入してから1時間は経っている。
シャルロット王女は、たった一人で魔物だらけの魔界にいるのだ。
一刻も早くシャルロット王女を見つけないと、いくら光の術士であっても無事であるという保証はない。
「ロゼライト、光の魔法を使うときに一瞬だけ発する輝きを見つけるんだ。」
「輝きですか?」
テレーズ王女が頷いた。
「一瞬すぎて通常なら見逃してしまう光だが、魔界のように薄暗い環境下であれば、見つけることは容易なはず。」
その時、今まで聞いたことのない轟音と、空気を揺るがすような振動があった。
「テレーズ王女!」
「あっちだ。丘の上の森に光が見えた!」
テレーズ王女が駆け出した。
僕も丘の上に視線を送る。一瞬ではあったが、再度、森の中に太陽のように眩しい輝きが見えた。
間違いない。シャルロット王女は森の中にいる。
「ロゼライト、上だ!注意しろ。」
丘を駆け上がる僕達にも、容赦なく魔物は襲いかかってきた。
翼を持つ魔物が5匹。
ふたりで倒せば何とかなるが、時間のロスは避けられない。
「ロゼライト!先に行け!」
テレーズ王女が魔物の前に立ち、僕にそう指示した。
いやダメだ。
ここで別れたらきっと・・・。
「ふたりで倒した方が早いです!」
嫌な予感が払拭できず、僕はそう進言した。
「ロゼライトは、私を過小評価しすぎているようだな。」
微笑んだテレーズ王女の全身に魔力の流れを感じた直後、王女の体が幾重にも重なって見えた。
「大丈夫だ、すぐに追いつく。」
またたく間に姿を表す5人のテレーズ王女。それぞれの王女が数本の剣を有していた。
そうか、王家の秘術か。
「分かりました。それでは頼みます。くれぐれも気をつけて!」
王家の秘術を見せられては、テレーズ王女の勝利を疑うわけにはいかないだろう。
それほどまでに闇の王家の秘術は圧倒的なのだ。
僕はテレーズ王女に一礼して、森に向かって駆け出した。
僕の動きに気づいた魔物が一匹こちらに移動してくるのが見えたが、次の瞬間にはテレーズ王女の剣に体を貫かれていた。
森に目を向けると、時折小鳥のような魔物が集団で飛び立つのが見える。
魔物が飛び立つ直前に森の中から光の魔法の輝きが見えることから、シャルロット王女と魔族との戦いに驚いて飛び立っているのではないかと推測できた。
シャルロット王女はまだ生きている。
森に近づくにつれて、それは願望から確信に変わっていった。
「シャルロット王女、無事ですか?!」
蔦の絡まった木が生い茂った森に向かって、僕は無意識にそう叫んでいた。
森の中は禍々しい何かが、手招きしているような闇が広がっている。
一瞬、恐怖で足がすくんだが、自分を鼓舞して前に進む。この先に自分の助けを待っている者がいる事を考えると、自然と勇気が湧いてきた。
森に入ると、光の魔法の輝き、そして空気を裂く鋭い音がはっきりと聞こえてきた。
それはシャルロット王女が近くにいる事を意味する。
「シャルロット王女、何処ですか?!」
枝が揺れ、葉が舞う。
近いぞ!
しかし次の瞬間、森を裂き姿を表したのは・・・。
「グランデール!!」
戦場で叫ぶという事は、自分の位置を敵に知らせることと同意義。僕は先程の自分の軽率な行動を後悔した。
王都で見たグランデールの実力は、僕など足元にも及ばないほどだ。僕一人という状況下で出会ってしまったという事実。それは暗に『死』を意味する。
くそっ、やるしかないのか。
僕は足を肩幅に開くと半身を切って魔剣を構えた。
「避けてー!」
そんな僕の覚悟を他所に、グランデールが姿を表した直後に聞こえてきたのは、シャルロット王女の無邪気な声だった。
そして次の瞬間、僕は違う意味で『死』を身近なものに感じることとなる。
音もなく目の前を通り過ぎる光。
直後、光の通った道は最初から何もなかったかのように空間から消え失せたのだ。
な、何が起こったんだ?
グランデールの顔が引き攣っている。どうやら奴が放った魔法ではないようだ。
「コレ程マデトハ・・・。」
僕は光が放たれた方に視線を移した。
「あー!ロゼライト君だ。こんな所でどうしたの?」
そこにいたのは、ピクニックでも楽しむかのような軽い足取りで歩くシャルロット王女。
「もしかして助けに来てくれたの?」
小走りで近づいてくるシャルロット王女。
嬉しそうに微笑むシャルロット王女の体には、傷ひとつついていない。
これって・・・助けに来る必要あったのか?
「ロゼライト君がいるってことは、思いっきり魔法を使うって訳にはいかないかぁ。」
顎に指を当て、首を傾げるシャルロット王女。
それって、僕が足手まといって事なんだろうな、きっと。
「そうだ!ロゼライト君、耳貸して。」
「――!!」
シャルロット王女が立てた作戦は、思いがけないものだった。
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