第33話 イフリートの試練(8)
数日後、僕たちはペルケ火山の麓に到着していた。
山頂から絶えず昇る噴煙が、ペルケ火山が活火山であることを教えてくれる。
山の中腹までは緑で覆われているが、山頂に近づくにつれて岩肌が顕になるのが見える。火山岩であろうか、所々に大きな黒い岩が転がっている。
「山の中腹に洞窟があって、噴火口へ入っていけるようになっているみたいですね。」
フローが大きな地図を開いて、洞窟とおぼしき場所を指差した。
「嬢ちゃん、地図が逆さまだぜ。」
トゥラデルが横から手を出して、地図の向きを直した。
フローが真っ赤になって、恥ずかしそう俯く。
「貴様!姫様に恥をかかせたなっ!」
そして、お約束のようにアクアディールがトゥラデルに突っかかった。
そのアクアディールの行動に慌てるフロー。
そして、助けを求めるフローの視線を受け流す僕。
この旅で幾度となくくりかえされた光景だった。
「俺たちは今、太陽を正面に見て進んでいる。」
何事もなかったかのように、トゥラデルが話題を戻した。この辺の扱いはさすが年長者といった所であろう。
「つまり北側から山を登る訳だが、登山道なんて物がある訳がない。ついでにいうと、そこそこの魔物も出る。」
僕はゴクリと唾を飲み込んだ。
「小僧、覚えておけ。道の無い山を登るときは、等高線に注意してプランをたてるんだ。」
トゥラデルが地図に目印を書き込んでいく。
「ここは等高線の幅が狭いから、登るには適していない。逆にここは距離は長いが、傾斜が緩やかだ。」
僕に説明しながら曲線を描き、登山プランを立てていくトゥラデル。さらに山中の数ヶ所を丸で囲んだ。
「この丸で囲んだ部分だが、平らな地面である可能性が高い。場合によっては、ここでキャンプだ。」
トゥラデルが囲んだ場所は3つ。
北側から登り、洞窟と同じぐらいの高さとなった場所。
その場所から等高線に沿って少し進んだ崖の上。
最後は洞窟の直前。
「この位の山なら一日で登りきれるが、念の為キャンプ用品は待っていく。何かあった場合は、先に進まずにその場に待機し観察、一番安全な方法を選択するぞ。」
珍しくトゥラデルの声に緊張の色が見えた。
炎の上位精霊イフリート。
100年の間、姿を見た者はいないと言われているが、荒ぶるその姿は伝説となっている。
出会うことができなければ、フローの魂は消滅してしまう。
しかし出会ってしまったら、全員がイフリートの炎に焼き殺されてしまう事も考えられる。
出会わなければならないと思う反面、出会いたくないと思う心も存在するのも確かだ。
「姫様、このアクアディールが、命に代えましてもイフリートからお守りします。」
アクアディールは相変わらず迷いが無い。
「まぁ、試練って言っても襲われると決まったわけじゃないしな。」
確かにトゥラデルの言う通りだ。案外、簡単な事で終わるかもしれない。
「迷ってても仕方ない。早く行こう。」
僕はなるべく明るい声で、皆に声をかけた。
「先に言われちまったな。」
今まで通り、トゥラデルが先頭になって歩きだした。
「小僧!そっち行ったぞ、嬢ちゃんに近づけるな。」
分かってるよ!
僕はトゥラデルの横を通り抜けたゴブリンの前に立ちはだかる。
緑の乾燥した肌、体の割に大きな頭、赤く丸い目。耳まで裂けた口からは黄色い牙が見え隠れする。
粗末な服に見を包み、赤黒く錆びついたナイフを振り上げ、獣のように走り寄るゴブリン。
僕は右手で持った剣で、振り下ろされたナイフを斬り上げた。
金属同士がぶつかる乾いた音と同時に、小さな火花が飛び散るのが目の端に入ってきた。
僕は体勢を崩したゴブリンの顎を右足で蹴り上げ、蹴り足が地面に着くと同時に左の拳を顔面に叩き込んだ。
のけ反るゴブリン。
好機とみた僕は振り上げた剣を握り返して、ゴブリンの首筋から胸に向かって袈裟に斬りつけた。
緑色の血液が吹き出す。
ゴブリンは一瞬、自分の傷口を押さえるような素振りを見せたが、すぐに白目を剥き、後方に倒れると絶命した。
次はどいつだ?
僕はゴブリンの群れに視線を戻す。
しかし僕の目に映ったのは、トゥラデルの周りに倒れている数匹のゴブリンだった。
トゥラデルはつまらなそうに大剣を肩に担ぎ、既に動かなくなったゴブリンの頭を足で小突いている。
嫌味なほど強いな、トゥラデルは。
山に入ってからというもの、ゴブリンやコボルト、オークといった闇の眷属達が僕らの行く手を阻んできた。
僕やフローだけなら、それらに立ち向かうのは難しかっただろう。
しかし、トゥラデルはほぼ一人で戦い、無傷で闇の眷属達を退けていた。さすが熟練冒険者といったところだ。
「思ったより、早く着きましたね。」
洞窟の前でそう言ったフローの声には、緊張の色が見える。
「お前ら感謝しろよ、山を歩いた割には疲れてないだろ?」
確かにそれなりの高さまで登った割には疲れていない。途中のアップダウンが少なかったからだろう。
認めたくは無いが、戦闘だけでなくこれもトゥラデルの功績だろう。
褒めてなんかやんないケド。
「姫様、ここからが本番です。気を引き締めましょう。」
アクアディールは完全にトゥラデルを無視して、会話を進めだした。
一番の功労者を無視できるアクアディールの胆力、これはこれで凄いスキルなのかもしれ無い。
「ほらトゥラデル、この松明に火を灯してくれ。それぐらいしか役に立たないんだから。」
さすがにその言い方は酷いと思う。
ブツブツ文句を言いながらも、アクアディールの言葉通り、松明に火を付けるトゥラデル。
ふたりが結婚したら、トゥラデルはきっと尻に敷かれるタイプだな。
そんな事を思って、僕は一人で吹き出してしまった。不思議そうに他のメンバーが僕を見る。
洞窟の入り口は山の中腹より、山の中央に向かってほぼ真っ直ぐに開いている。
内部の壁面は一度溶けた岩が固まったのか、滑らかな火山岩でできていた。洞窟の天井から垂れ下がる火山岩が、黒い鍾乳石の様に見えて、不気味さを助長させる。
洞窟に入ってまず気がついたのは、洞窟内の異常な暑さだった。
入り口から絶えず風が流れ込んでいるので、空気自体はそれほど暑くないのだが、洞窟内は得体のしれない暑さに支配されていた。
「これは地熱だな。」
汗だくの僕を見て、トゥラデルが説明してくれた。
「お前は、本当に魔法の使い方を知らん奴だな。」
そう言われ、僕はトゥラデルを見てから、アクアディール、フローの順に視線を動かす。
何故だ?!
誰一人として汗をかいていない。
「私達は水の魔法を使えるので、絶えず気化熱で体を冷やしてます。」
そうだ。フローとアクアディールは、水の魔法で体を冷やすことができるんだった。これは有名な話だ。
分からないのはトゥラデルだ。
「俺か?・・・じゃあヒントをやる。」
トゥラデルは少し迷った挙げ句、ちよっと意地悪な顔をした。
「例えば火球を放つとき、自分の手に火傷を追う馬鹿はいない。何故か。」
トゥラデルの言葉に僕は衝撃を受けた。そんな事に対して今まで疑問に思ったことなど無かったからだ。
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