第29話 イフリートの試練(4)
「おい、起きろ小僧。交代だ。」
頭をブーツで小突かれ、僕は目を覚ました。
まだ半分閉じている目を擦り、僕は重い上体を起こす。
辺りはまだ暗い。
目の前には小さな焚き火があり、小枝が爆ぜる音が、心地よく耳に届いてきた。
固い土の上で寝たからか、体の節々に軽い痛みがあった。
「見張りありがとう、トゥラデル。」
焚き火に小枝を放り込んでいるトゥラデルに、僕はお礼を言った。
今は見張りの交代の時間だ。この後、夜明けまでは僕が見張りを行い、アクアディールに交代することになっている。
「小僧、火だけは消すなよ。」
トゥラデルが僕に念を押す。
「分かってる。トゥラデル、その小僧って言うのやめてくれないか?」
会った時から、トゥラデルは僕を小僧と呼ぶ。僕はそれを不快に感じていた。
「ふん、小僧に小僧と言って何が悪い。」
トゥラデルが悪びれる様子も無く、そう言った。改善してくれる気は全く無さそうだ。
僕は溜息をつきながら、小枝を一本焚き火に放り込む。
「お前よ・・・。」
小僧の次は、お前か・・・。
「賢者なんだってな。」
何を今更。
「弱いんだろ?」
くっ、気にしてる事を・・・。
「どんな気分だ?」
「五月蝿いな、しょうがないだろ?持って生まれた資質だよ。」
思わず声を荒げてしまったが、トゥラデルは気にする様子はない。
「だが、何故かベイルに一目置かれている・・・か。」
「別に一目置かれてる訳じゃない。学生だから、死なないように心配してくれてるだけだ。」
僕がそう言うと、トゥラデルは「どうだかな?」とだけ言って、土の上に敷いたマットに横になった。
程なくしてトゥラデルから寝息が聞こえてきた。
フローとアクアディールは、テントの中で休んでいる。
アクアディールは最後まで外で寝ると言い張っていたが、「何かあった場合でもフローレンスに一番近くにいられるようにしろ」とトゥラデルに言われ、しぶしぶ了承したのだ。
森の夜は静かだ。
街道沿いで火を焚いていれば、ゴブリンなどの闇の眷属が近づいてくる事は少ない。
虫の声が心地よい。
炎を見てると、心が落ち着いてくる。
小さい頃から父親が剣を打つのを見て育ったから、尚更なのであろう。
傍らに置いてあった魔剣を鞘から抜き、炎にかざす。
剣身に写った炎が揺らめき、魔力を開放したときと同じように輝いた。
「僕にはこれしか無いんだから・・・。」
呟いて、剣を一振り。
焚き火の炎が揺らいだ。
「そんな息張る事はねぇよ。」
背を向け、横になっているトゥラデルが小さな声で言った。
寝ていたんじゃなかったのか?
それにしても優しく声をかけるとは、珍しいこともあったものだ。
「弱え奴は、弱え奴なりにやりゃあ良い。」
前言撤回、やっぱりコイツはムカつく。
「寝てたんじゃないのか?」
ぶっきらぼうに言い放ってやった。
「見張りが小僧だけじゃ、心配で寝られねぇ。」
「そんなんじゃ明日に響くぞ。」
「ふん、小僧とは鍛え方が違うからな。」
そう言ったトゥラデルが突然起き上がり、剣を片手に辺りを警戒しだした。
「トゥラデル、どうした?」
「何かいるぞ。小僧、剣を抜け。」
僕はトゥラデルに倣って、中腰の状態で剣を抜いて辺りを見渡した。
さっきまで五月蝿いほどであった虫の声が止んでいる。
直後、森の中から姿を表したのは思い思いの武器で武装した5人の人間。山賊だ。
山賊は僕らの荷物を見て金持ちの一行だと判断したのか、いやらしく笑うと自らの剣を舌で舐めた。
悦に入り自分に酔いしれているようだ。凄くご満悦のようだが、はっきり言って気持ち悪い事この上ない。
「へっへっへ、命が惜しかったら荷物を全・・・ブベッ!」
山賊のリーダーらしき人が何やら言っていたようが、トゥラデルの放った火球を顔面に喰らって後方に吹っ飛んだ。
「おい、トゥラデル。話ぐらいは・・・。」
「あぁ?!甘ぇんだよ。こっちは襲われてんだ、これでも我慢して待っててやったんだよ!」
焦げた蛙のように、ひっくり返って泡を吹いている山賊に少しだけ同情した。
「小僧!剣を抜け!撃退するぞ!」
「言われなくても、分かってるよ!」
僕は左手に持っていた剣を鞘から抜き、中段に構えた。
「ファイヤーボール!」
え?この人って技の名前叫ぶの?
「4個!」
数まで?!
口に出すと同時にトゥラデルの周りには、4つの火球が出現した。
何だ?呪文の発動速度が異常に早いぞ!
「行くぞ小僧!」
考えるのは後だ!
トゥラデルの合図と同時に、僕は気合を発しながら山賊に走り寄る。顔の脇スレスレをトゥラデルの放った4つの火球が通り過ぎていく。
次々と山賊に命中する火球。残りの山賊は4人全て、成すすべもなく焦げた蛙と化した。
剣を下ろし、佇む僕。
斬りかかるべき敵は全て気を失ってしまった。
行き場を失った剣先が、寂しく風に晒されている。
おい!格好つけて切りかかった僕の立場はどうなんるだ?
「トゥラデル!一人ぐらいこっちに回せよ!」
「ノロマなのが悪い。こういうのは早い者勝ちなんだよ。」
トゥラデルがいやらしく笑った。
酒場での件といい、今の山賊を撃退した手際といい、トゥラデルの実力は認めざるを得ない。
とてもじゃないが、素直に認められるとは思えないが。
「敵襲か?!このアクアディールが相手になってやる!」
爆発音で起きたのだろう。
アクアディールが寝間着のままテントから飛び出してきた。
「何だ?!敵はどこだ?!」
槍を構え、辺りを警戒するアクアディール。
「これだからお嬢様育ちは・・・。」
トゥラデルが眉間を押えて、大きな溜息をついた。
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