第28話 イフリートの試練(3)

 見送りに来てくれたのは、カーネリアン王、シャルロット王女、執事のエドワード、それに護衛の騎士数人のみ。

 正門では無く、兵士たちが使う東門に集まった僕たち。その人数の少なさに僕は違和感を覚えた。

 試練に向う人数は4人。これはスレート先生の指定した人数だ。

 実際の試練は仕方がないとしても、ペルケ火山までの道のりぐらいは、騎士団の護衛があっても良いと思うのだが、壁画には出立から試練が始まっていると描かれていたらしい。

「それでは皆様、宜しくお願いします。」

 城壁の前で深々と頭を下げ、フローが皆にそう言った。

 フローと会うのは、彼女が倒れた日以来だ。自分の運命を知らされ、さぞかし落ち込んでいる事だろう。

「姫様、このアクアディールが命に変えてもお守りします。」

 そう言ったのは、聖騎士団から護衛を任されたアクアディールだ。

 彼女は聖騎士団のシンボルと言っても良い盾は持っておらず、槍を背負っていた。

「おい、さっさと行くぞ。日が暮れちまう。」

 トゥラデルは相変わらず口が悪い。

「おい、トゥラデル。姫様はしばらくご家族とお会いになれないのだ。少しぐらい気を使ったらどうだ?」

 アクアディールがトゥラデルに非難の言葉を浴びせる。

「ったく、今生の別れって訳でも無いだろうに。」

 トゥラデルが頭を掻きながら、荷物の確認を始めた。

「ロゼライト、くれぐれもフローレンスを頼んだぞ。」

 カーネリアン王は僕の両手を掴んで、真剣な眼差しでそう言った。

「は、はい。」

 あまりの真剣さに少し狼狽して答える僕。

 今回の出立に関しては、一部の者以外には秘密裏に行われていた。

 魔人についてはまだまだ知られていないことが多く、市民に余計な心配をかけない為というのが理由らしい。

「王、そろそろ出発しなければ・・・。」

 エドワードが口を挟んだ。

「そうだな。フローレンス、強い信念を持って試練に挑むのだぞ。」

 カーネリアン王の言葉にフローは力強く頷いた。


 ペルケ火山は大陸の中央、王都グアラから街道を10日ほど進んだ先に位置する活火山だ。

 古より炎の上位精霊であるイフリートの住む地として、崇められている。

 古文書にはイフリート降臨の記録があるが、ここ100年間はイフリートの姿を見た者はいない。

「ロゼライトさんとお出かけなんて、ドキドキしますね。」

 隣で馬に乗っているフローが言った。

 今回の旅には騎士団が飼育している駿馬4頭が与えられていた。どれも気性の穏やかな良い馬だ。

「目的が『遊びに行く』っていうのなら文句は無いんだけどな。」

「私は王都を殆ど出たことがないので、外に出れるだけでも十分楽しいですよ。」

 そうか。フローのような立場だと自由に出かけるって事も出来ないのか。

「ロゼライトさん、あれは何ですか?」

 フローが指差したのは川辺で水を飲んでいるイタチ。

「あ、あれはイタチだね。それほど珍しくは・・・。」

「ロゼライトさん、見てください!あれはリスですか?」

 今度見つけたのは倒木の上にいるネズミ。

「あれはリスじゃなくて、ネズ・・・。」

「見てください。魚の群れが!」

 あの〜。説明聞く気あります?

 さっきからフローから質問攻めに会っていた。目に見える物、全てが真新しいのであろう。

「もうちょっとペース上げないと、野宿になっちまうぞ。」

 イライラした口調でトゥラデルが言った。

「野宿ですか?私は初めてです。ドキドキしますね。」

 フローが目をキラキラさせながら言った。意外なフローの反応にトゥラデルも困惑気味だ。

「しょうがねぇな、この姫サンは。」


「野宿になっちゃいましたね。」

 太陽は西に傾き、夕暮れを迎えようとしていた。

「小僧、そっち持て。テント張るぞ。」

 トゥラデルの指示で僕はテントを張る手伝いをしていた。

「すごいです。あっという間にお家が出来ちゃいますね。」

 さっきからフローが周りを走りながら、「すごい!」を連発している。

「取ってきたぞ、これで良いか?」

 薪を拾いに行ったアクアディールが戻ってきた。

「ちゃんと乾いてんの拾ってきたか?」

「見縊るなよ。騎士団には遠方への遠征もあるんだ、これぐらいは訓練で仕込まれている。」

 意外にもアクアディールは少しばかり得意げだった。控えめな態度を取ってはいるが、本当はかなり負けず嫌いなのだろう。

 日が沈む頃にはキャンプの準備も整い、夕食となった。

「姫様、保存食の干し肉しかないので、お口に合うかどうか。」

「これが干し肉ですか。初めて食べます。ちょっと固いですけど、お肉の味がしっかりしててなかなか美味しいですよ。」

 アクアディールが炙った干し肉を差し出すと、フローは美味しそうに頬張った。

 今日の夕食は、持ってきた干し肉を炙ったものと、保存用の固いパン、それと炒った茶葉で作ったお茶。

 お世辞にも王族に出せるような内容ではないが、フローは文句も言わずに食べている。

 フローに限らず、テレーズ王女もシャルロット王女も王族である事を鼻にかけたりしない。

 3人は市民にも人気があり、この3人の王女がいる限り、帝国の将来も安泰であろうと思うことができた。

「このお茶は、少し渋いですね。」

 舌を出しながら、そう言うフロー。

「そうだ!皆さん、甘い物はお好きですか?」

 そう言ってフローが自分の荷物から取り出したのは、様々な大きさのクッキーが入った包み紙。

「シャルロットお姉様のお菓子を、ちょっとだけ拝借してきちゃいました。」

 いたずらっ子のように微笑むフロー。

「シャルロットお姉様は、お菓子を取られると、すごーく怒るので、いつもはやらないんですけど、今回は特別です。きっと帰る頃にはシャルロットお姉様もお菓子の事なんて、すっかり忘れてしまってるでしょうから。」

 フローの言葉に、みんな笑顔になった。

 この夜に食べたクッキーは、今まで食べたお菓子の中で一番美味しかった。

 実際は少し余計にお金を出せば買うことのできる普通のクッキーだったのであろうが、雰囲気がそう思わせたのだ。

 フローは意図してこの様な場を設けたのか?さっきまであったギスギスした雰囲気が、少しだけ穏やかになったように感じた。

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