囚われseedよ、希え
碧瀬空
逢うは別れのはじまり
――目の前に、世にも美しい煌めきを放つビー玉が転がってきた。そこからクラクラするような甘い香りも漂ってくる。まるで御伽噺に出てくる極楽浄土に咲く花の匂いだ。
普段なら絶対そんな怪しい代物に手なんて出そうとは思わなかっただろう。けれど、その梅雨の日は違ったのだ。怪しいものだろうと縋りたい、そんな気分だった。
透かして見てみようとしたが、雨の日のアスファルトは滑りやすく、爪先が弾いてしまう。
「あーあ、ついてない……」
普段ならそれで諦めていただろう。しかし、なぜだか諦めきれずに、追いかけてしまっていた。
車通りの多い道を抜け、住宅街を抜ける。狭い裏路地を抜けた先でようやく手にできたビー玉。
それは指先で摘まんでもなお、光が色褪せない。むしろ、その先にある何かを指し示すように一筋の光を放っていた。
その光に誘われるようにして歩みを進めると、不意に何かにぶつかった。
――ポスン。
「いてっ……あぁっ、ごめんなさい!!」
見下ろすと、そこには飴色の髪を持ち、海の瞳を持つ見目麗しい美少年がいた。
「いいえ、お気になさらず。前方不注意だったボクの責任ですから」
流暢にそう語った彼は、やけに大人びている。外見年齢で言えば、十歳くらいだろうか。だが、漂う雰囲気や立ち居振る舞いはとても小学生のそれとは思えない。
下手をすれば、僕よりも年上かもしれない。
もう少し丁寧に謝罪するべきだろうと頭を下げたそのときだった。
――フワリ、と一瞬で身も心も蕩けてしまう甘美な香りが鼻先をくすぐった。
「この匂い、もしかして……っこのビー玉はあなたの――」
「いいえ、違います。そちらの種は、手前に見えるあの店のものでございますよ……」
どういうことだと頭を上げた視界に映ったのは、人を拐かすような不穏な笑みと今時珍しいかごのバスケットだった。
「……いない」
ほんの瞬いたうちに少年の姿はなくなっていた。
あるのは、手に握った謎の光る球体(ビー玉らしきもの)。
あんな不審な少年の言うことを信じるのは癪だったが、それ以外どうにかする方法はないと目先にある建物を見上げた。
「stray sheep」
今まで十五年この町で暮らしてきたのに、見たことも聞いたこともない店だった。
けれど。その店の方から先ほど嗅いだ、天上の蜜のような芳しい香りがしてくる。この世のものとは思えない未知のオーラか何かも感じる。
(……でも。ちょっと、怖いなぁ)
周囲が住宅街故か、店内から物音一つ聞こえてこない。おまけに外から中の様子は窺えない。未知の領域に踏み込むにはちょっとばかし、リスクが高すぎる。
ところが躊躇する僕に追い打ちをかけるように、雨が降り出した。
申し訳ないとは思いつつも軒先に入り、少しの間雨宿りをさせてもらうことにした。
……のだが、待てど暮らせど雨は一向に止む気配を見せない。それこどろか、次第に雨脚は強まっているようにさえ思われる。
「はぁ……」
一つため息を吐いたときだった。
何かに肩を押されたようにグラリと身体が後方に倒れ、扉のベルを鳴らしてしまう。
「ん?」
その音に気付いた店主が入り口までやってきて、怯える僕に柔和な表情で語り掛けた。
「良かったら、雨宿りしていかないかい?」
――もし、どんな願いでも叶う魔法の種があるとしたら、あなたは何を願いますか?
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