第2話『みそ汁と手紙(前)』
――これを素敵な話と言わずして、何を素敵な話と呼ぶのかしら 『千里眼』
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……それが変わっているということをぼくは今まで知らなかった。
クラスメイトに指摘されるまで、ぼくの中でそれは当然の常識だったのだ。
ある日、小学校の昼休みである。
ぼくの通っている小学校っていうか、うちのクラスは班ごとに机を合わせて食事をする。
四人一組で机を合わせての給食だ。
ぼくらにとっては机を動かすのがただ面倒なだけだけど、みんなで楽しく会話をするようにという先生の配慮だった。
同じ班員だからとみんな仲が良いわけではないから、浅はかだなってぼくは正直思っている。
いや、別にイジメに合っているとか、仲悪いわけじゃないけどね。
まぁ、でもそういうわけで教室はザワザワとにぎやかだった。
そのにぎやかって言うか、むしろうるさいくらいの教室に一際素っ
それは同じ班の友達がぼくの言葉に大げさに反応したのだ。
「それって変―――っ!」
そして、それに合わせて残りの二人も頷きながら肯定する。
「絶対に変だよぉ!」
「うんうん」
「そんなことないと思うけど……」
ぼくは一応、弱弱しくも反論した。
今日の給食のメニューはシチュー、黒糖パン、煮込みハンバーグに千切りキャベツとポテトサラダ、牛乳と青りんごゼリーというなかなかステキなラインナップだった。
ちなみにぼくは特に黒糖パンが好きだったが、その味がちょっと鈍るくらいに「変」とハッキリ言われたことがショックだった。
「えっと、本当に変なの?」
「変」「変」「変」
「でもさ、うちでは普通なんだけど?」
恐る恐るもう一度確認するけど、異口同音に頷かれた。
「んーん、変」
「変だよねぇ」
「ねぇ」
「もう! しつこいってば!」
ちょっとムッとしながら言うと、班のみんなに一斉に笑われた。何なんだよ。
でも、ぼくには何が変なのか本当に分からなかった。
最初から確認していく。
「ごはんは?」
「うん、普通」
「うん。普通普通」
「普通だね」
「パンは?」
「うちは出ないかな」
「うちはちょっと手を加えて」
「ぼくは気にしない」
「パスタは?」
「あんまり好きな組み合わせじゃないね」
「変というか合わない」
「パスタの種類によるかな」
「じゃあ、シチューは?」
「変」
「変」
「変」
「そうなんだ……」
みんなが変わっていると言うのだから、多分変わっているのだろう。
確かに言われて見ると汁物と汁物って変な気がする。
ぼくはむーって唸りながら納得するしかなかった。
クラスメイトから変と
うちのお母さんは毎日みそ汁を作る。
シチューとみそ汁が並ぶこともある。
市販のインスタントのみそ汁を使ってでも必ず並べる。
うちの食事にみそ汁が欠けることはないのだ。
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「ねぇねぇ、どうしてぼくの家って、毎食みそ汁が出るの?」
帰ってからぼくは早速お母さんに訊いてみた。
お母さんは不思議そうな顔をした。
「それがどうかしたの?」
「うん。今日の給食の時間にね、うちではみそ汁とシチューが一緒にでるって言ったらみんなが変だって言うからさ」
「そうかもね」
お母さんはパソコンの画面から顔を上げて、柔らかく笑いながら頷いた。
お母さんはリビング兼食卓で仕事をしていた。
リビングはよく片付けられているので、お母さんは頻繁にリビングで仕事をする。
うちは物が少ないのだ。
お父さんがあんまり家に帰ってこないし、物も買わない無趣味な父親なのだ。
趣味がランニングってどんだけ健康的なんだって思う。
お母さん共々酒はよく飲むけどね。
お母さんはまだかなり若い。
多分、うちのクラスでお母さんより若い母親っていないんじゃないかなって思う。
若くて綺麗ってこと自体よりも、周りから羨ましがられるから少しだけ嬉しいって言うか誇らしいのが正確かもしれない。
お母さんが十九歳の時にぼくを出産したので、今年で二十九歳になる。
ちなみにお父さんも今年で三十二歳だから、うちの両親は晩婚の進んでいる昨今の状況に逆行するようなカップルだったみたいだ。
でも、それだけ若かったので、やっぱり凄く苦労したらしい。
お父さんもまだ働いて二年目とかだったので、本当に大変だったらしい。
そして、お母さんはぼくが口を利けるくらい大きくなると、家計を助けるために独学で資格を取り、パソコンの仕事を請け始めた。
それまでそんなにパソコンには詳しくなかったのに、だ。
昔、何で? って聞いたら一言だけ。
「面白そうだったから」
そんな人なのだ。うちの母親は。
「そろそろ夕飯を作らないと……」
「やっぱりみそ汁あるの?」
「あれ、
「嫌いじゃないけど……」
うちのお母さんは普段はぼくのことをちゃんと大士郎って名前で呼んでくれるのだけど、酔っ払うと抱きつきながら「たーくん」って呼ぶ。
もう小学五年生だから止めて欲しいって言っても、次の日には忘れている。
ぼくは料理を作るために眼鏡を外したお母さんに「ねぇねぇ」としつこく聞く。
「そんなことはないけどさ。でも、何で毎日みそ汁なの?」
「別に大した事じゃないのよ」
うふふふ、と笑いながらお母さんの視線は奥の方へ。
視線の先には――本棚があって、その上にはお父さんとお母さんの結婚当初の写真がある。
どうやら、写真を見ていたようだ。
「あの写真がどうしたの?」
「んーん、別にね」
お母さんははぐらかしながら幸せそうに笑い――すぐにその表情が曇った。
多分、お父さんの事を思い出したのだろう。
そういう時はいつもこんな暗い表情になる。
「お父さん帰って来ないね」
「そうね」
「お父さん大変だね」
「うん」
お母さんのどこか気のない返事にぼくは諦めた。
今、お父さんは遠くで働いている。
連絡は一週間くらいない。
そして、それがどこなのかぼくは詳しく知らない。
2
それはちょっとした思い付きだった。
もしかしたら、写真に何か細工があるんじゃないかって。
食事が終わって、お母さんがお風呂に入っている間に調べる。
椅子を持ってきて、まじまじとまずは外観をよく観察する。
普通の写真立てだ。
普通じゃない写真立てなんて知らないし、英語か何かで文字が彫られているけど、それ以外に特にこれといった特徴があるわけでもないちょっと大きめの写真立てだ。
ぼくは見慣れちゃっているので何か見落としがあるに違いない! って、真剣に見るけど思いつかない。
でも、確かお父さんがどこか外国で買ってきたとか言っていたと思う。
ただ、ちょっと安っぽい。ニスが剥げて、角の方がボロボロになっている。
そして、その写真は結婚式のときの写真だった。
お姫様抱っこされているお母さんとお父さんが写っている。
二人とも今よりもずいぶん若い。
あと、お父さんとかがこの写真でしか見たことないくらいの笑顔だ。
幸せそうな写真だなってぼくも思う。
あまり大きな結婚式ではなかったらしい。
お母さんは別に挙げなくても良いよって言っていたくらいだ。仕方ないからって。
でも、どうしてもお父さんがお母さんにウェディングドレスを着て欲しかったから無理にでも結婚式を挙げたって言っていた。
お母さんにどうしても後悔させたくなかったってのもあるらしい。
そっちが本音に違いない。
後で文句を言われたくねぇだろ、ってお父さんは酔っ払った時に軽口を叩いていたけど、あれは絶対に照れ隠しだ。
大した貯金がなかっただけでなく、結婚にはお母さんの両親の反対が凄かったらしい。
お父さんとお母さんは広島県出身だ。
お父さんの両親はお父さんが大学に通っている途中に事故で亡くなったらしい。
お父さんはそれで大学を中退して、働き始めた。
ぼくがまだ産まれる前の話だから聞いただけだけど、それでお父さんのお父さんに借金が結構あったらしくて、その返済でお金がなかったって聞いたことがある。
今はもうほとんど返済終わっているけどね。
で、お母さんのお父さんとお母さんは地元で先生をしている。
まだ現役で、お母さんのお父さんは校長先生だから偉い人だ。
お父さんはお母さんのお父さんが凄く怖かったとお酒を飲みながら言っていた。
ぼくにはとっても甘い、優しいおじいちゃんでしかないけど、ちょっと想像できる。
お母さんは両親に反対されて思い切った行動に出たらしい。
通っていた大学を中退して、ぼくを妊娠した。
未成年だったから親の承諾を得ているように振舞うのが大変だったとお酒を飲みながら笑っていた。
そして、お父さんはお母さんのお父さんにぶん殴られながら結婚を許可された。
いわゆる、授かり婚だ。
だから、この写真にはぼくも少しだけ写っているということになる。
そんなことだから、うちの両親は凄く仲が良い。
お父さんが仕事から帰って来たら、二人で何時間でも話しながらお酒を飲んでいる。
酔っ払ったお母さんはいつも笑いながら言っていた。
『私はプロポーズされた時に全く悩まなかったのよ』――と。
続けて、『手紙を見た瞬間にお父さんにメールしたの』とも言っていたっけ。
「あれ?」
気付いたのは偶然だった。
写真立ての中に一葉の手紙が入っていた。
古びてはいたが、それはとても大切にされているようだった。
背景は綺麗な南国の海だった。
綿花は、お母さんの旧姓だ。
『本当の孤独を知りたければ、50NMも海に出れば分かる。
昔の私の言葉を噛み締めています。
新月の晩、本当の闇夜を見る度に実感します。
さて、改めてこういう事を言うのは恥ずかしいので。
あなたの好きな暗号にして伝えようと思います。
1001/01/1010/0010/00101/1110/11010/10110/0111/0110/0001/0110/01011/0001/111
「何だ、これ?」
明らかにお父さんからお母さん宛の手紙なのは解る。
名前があるから明白だ。
確かにうちのお母さんはミステリーマニアだ。
ちょっと古い推理小説が大好きらしい。
だから、こういう手紙も嫌いではないのだろう。
でも、意味が分からなかった。
これがプロポーズされた時の手紙なのだろうか? そうかもしれない。
もしかしたら、ぼくの勘違いの可能性もある。
だって、たまたまみそ汁の話をしていてこちらを見ていただけだから、それは捨てきれない。
でも、気になった。
これが毎日みそ汁の出てくる理由だと直感していた。
理屈じゃない。
そういうものだと思ったのだ。
ぼくはもう一度呟いた。
「何だ、これ?」
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