通行人A

メンタル弱男

通行人A


 人混みばかりの都会。通りには様々な服を着た沢山の人とすれ違う。もしかすると同じ人と何度も会っているのかもしれない。そう考えると僕達は日々神様にしか知り得ない人間関係を勝手に築いているような気もするからおかしい。僕はこんな風にとりとめのない考えを頭の中でころころ転がしては、毎日毎日同じ道を歩いている。


 いつも、それだけ多くの人とすれ違っているとは言っても、そのほとんどは僕にとって直接的に何の影響もない人達だ。話す事もないし、そもそもどこの誰かさえ分からない。でもそれはお互い様で、向こうからすれば僕はただの名も無き通行人だ。

 そう考えると、主人公の異なる物語がこんなにも多くあるのだと、不思議な気持ちになる。無数の物語が、ベクトルは違うかもしれないが、一瞬交錯している。何かしらの干渉が起きているのかもしれない。僕達はそれに対して全く無関心なのだろう。でも、そこで何かしらの繋がりがあるのだとしたら、、、


『、、、よく分からないなぁ。』

『え?なんか言った?』


 社員食堂で同僚の近藤が突然、僕の横に座り話しかけてきた。いや、突然独り言を呟いたのは僕だったのだが、、、。


『声に出てた?』

『うん。なんかモゴモゴしてて全然聞き取れなかったけど、よく分からない、とは言ってたよ。』

『いや、何でもないどうでもいい事なんだけど、今日出勤の時にさ、、、』と、頭の中で考えていたイメージを不細工な文章と語りで伝えた。


『ロマンチックで素敵な考えだね。面白いけど、、、。ちょっと考えすぎてるような気がするな。だって結局、交錯してるように思えるのは、それぞれの物語の内面ではなくて、表面上にしかすぎないし。要は、なんだかんだ言っても他人だって事かな。』

『他人か、、、。でも他人と思い込んでいるだけなのかもしれないよ。知らないところで繋がっているかもしれないし、この先何か知り合う事になるのかもしれない。』

『それはやっぱりロマンチストだな。』


 その後も近藤は真面目に聞いて、意見を述べてくれた。僕はテーマを決めて議論するのが好きだったから、とても嬉しかった。


 だが僕は少しだけ嘘をついていた。嘘というよりも、ある状況を隠していた。


 それは、僕にとっての通行人の中で一人、一際輝く女性がいるという事だ。

 あれはいつだったか、、、ふと、ほとんど毎日その女性とほぼ同じ時刻に同じ場所ですれ違っている事に気がついた。むしろ出会わない日の方が珍しく、差し出がましいが勝手に大丈夫かなと心配するほどだ。

 もちろん最初のうちは、『また会った』と思うくらいだったが、日に日に彼女が輝いていく。流れる沢山の人の中で、明らかに彼女だけが輝き、すぐに見つける事ができるようになった。これは僕の目がおかしいのだろうか?忙しい朝の通勤時、ただでさえイラついている中、人混みの道を歩く。それでも彼女とすれ違う場所は癒しのオアシスのように色付き、僕にとって彼女はまさに尊い存在となった。

 そんな彼女に少しでもいいから近づきたい。そう思い始めると、僕の頭は彼女の事ばかり考えてしまう。どんどんと気持ちが膨れ上がるにつれて、すれ違う時の言い知れぬ孤独感も増した。


 彼女の物語の中で、どうか多数のエキストラの一人としてではなく、せめて名はなくとも『通行人A』として彼女に認識してもらいたい!


 悶々とした日々が続いた中、チャンスは突然目の前に現れた。


 いつも通り朝の出勤時に彼女とすれ違う場所を歩くと、やはりいつも通り彼女は目の前からこちらに向かって歩いてくる。いつもと何も変わらない。


 ただ、こんなベタな展開はあるのか?と疑いたくなるほど単純な、そして明確なきっかけを与えてくれた。


 彼女は僕とすれ違いざまに、紫のハンカチを落とした。こんな作り話のようなチャンスはどうなんだ?と一瞬頭をよぎったが、僕は迷う事なくハンカチを拾い上げた。


『これ、落としましたよ。』

 初めて彼女と真正面で向かい合った。品があり神聖な瞳の奥に彼女の魂があるように感じた。僕はその魂の前でじっと固まっているだけだ。


『ありがとうございます。』

 全ての人を幸せにできるような、柔らかい表情で、そう一言。

 ハンカチを渡す時、僅かではあるが、僕という一人の人間が彼女の物語に入り混じった感覚を味わった。


 僕の気分は幸せだ。。。


          ○


 ただ、あれから彼女とすれ違う度、、、。


 そう、すれ違う度に彼女の輝きは色褪せていく。少しずつではあるが確実に。。。


 たまに僕と目が合う。彼女はしっかりした人なのだろう、ハンカチを渡しただけの男に会釈をしてくれる。しっかりと覚えてくれているのだ。僕はもちろん嬉しい。


 だが、僕の目がおかしくなってしまったのだろうか?彼女の輝きはどこにいってしまったのだろう?


 ただの通行人Aが何を言っているのだろうか。図々しいにも程があるが。。。


 あれから僕は考え続けている。彼女をしっかりと覆っていた、あの『尊さ』とは何だったのだろうか?と、、、。












 

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通行人A メンタル弱男 @mizumarukun

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