朝の剣

私池

第1話

「やっと帰れるな」

「ああ、残りは烏合の衆だ、連合国軍だけで十分だろ」

「ところでお前、トドメをさすのに聖剣使わなかっただろ」

「見てただろ? 聖剣じゃあの「邪神の加護」は斬れなかった」

「教会と各国の王が知ったら一悶着あるぜ?」

「お前達が黙ってりゃバレないさ、俺にとっちゃこいつの方が聖剣なんかよりずっと信頼できる相棒だったからな」

「確かに『神剣』と言ってもいい程の剣だったな、そいつは」

 俺はみんなと駄弁りながら疲れ切った身体を休めていた。 そんな俺の手には一振りの折れた剣があった。


「それにしても最後の斬撃、ありゃ勇者のスキルか?」

「そうそう、魔王に触れた瞬間に輝いて、ヤツの加護を切り裂いてたよな」

「いや、力は入れてたがスキルや加護じゃなかった」

「じゃあその剣か」

「多分な」

「本当、神剣じゃねぇの?」

「いや、俺の親友が鍛えた剣さ、勝てたのはこいつのおかげだ」

 そう言って俺は二つに折れてしまった剣を愛しむように撫でていた。



 この剣を鍛えた彼と俺は王都から馬車で二週間ほど西へ行った小さな村の幼馴染だ。

 小さい頃から悪ガキで二人でイタズラしたり、山に入って狩りをしたりしていたもんさ。

 俺達が十五歳のとき、成人の儀で俺は「勇者」、彼は「鍛治士」のジョブを授かった。

 それから俺達は王都に移り、俺は冒険者、彼は鍛治屋の見習いになった。


 はじめは二人とも上手く行っていた。

 俺は意気投合した奴らとパーティーを組み、冒険者としてのランクを上げていった。

 彼は鍛治に没頭し、メキメキと腕を上げていった。


 しかし、俺の冒険者ランクがBになった時、俺は伸び悩んでしまった。 

 パーティーのクエスト成功率も八割まで下がった。

 彼は相変わらず武器を作っていて、最近では王都でも指折りの刀鍛冶になっていた。

 俺は悩み、彼と飲んでいる時につい愚痴を溢してしまった。


「なあ、お前達のパーティーって、クエストが終わったら次のクエストまでどうしてる?」

「翌日は完全休養、あとは王都でぶらついたり、近場に遊びに行ったりかな」

「そうか、ちょっと俺の手を見てくれ」

 テーブルに置かれた彼の手は分厚く、掌にはタコが、そして火傷や傷だらけだった。

「俺はいつでも、自分の全力で剣を鍛えてる。 妥協なんかしない、してる暇ないからよ」


 彼は怒るでもなく、諭すでもなく、自分が何をしているかだけを伝えてきた。

「俺は村を出る時に交わした約束の為に毎日を生きている」

 それは二人で村を出る時に交わした約束。

「俺、絶対に国王陛下公認の勇者になって、魔王を倒すんだ」

「俺はお前が魔王討伐に出る前に、聖剣を超える剣をお前に作ってやる」

 俺はいつからあの約束を忘れてしまったんだろう。

「今からでも間に合うかな」

「ああ、お前は俺よりずっと才能に溢れてああるから大丈夫さ」


 それから俺は王都で一番ストイックなパーティーに移籍した。

 新しいパーティーメンバーは皆んなが魔王討伐を夢見て努力していた。

 俺も親友との約束を叶える為にひたすら剣を振るい、達人と呼ばれる人達に教えを乞う日々を重ねた。


 数年後、聖女様を加えた俺達のパーティーは、連合国軍と共に王都を出立することになった。

 出立の前夜、彼が訪ねてきた。

 その時の彼は顔色が青白く、筋骨隆々だった体躯もかなり痩せていた。

「ほら、約束の剣だ。 これなら聖剣にもひけはとらないぜ」

 その剣は、少し青みがかった白色で、力強いのに暖かく、綺麗な剣だった。

「やっと満足できる剣が、仕上がったんだ」

「それよりどうしたんだ、顔色も悪いし、身体だって......」

「なーに、ちょっと具合悪いだけだ。 静養を兼ねて、故郷に帰ってのんびり鍋釜でも作るさ」

 心配させまいとする彼の気持ちを察して、俺はそれ以上質問をしなかった。



 そして俺達は魔王を討つことができた。

 王都での凱旋パレードと連合国の国王達への謁見が終わった次の朝、俺は仲間に故郷の村に行くと書き置きを残し夜明け前に王都を発った。

 馬車で二週間の道のりも、賢者から教わった飛行魔法でその日の夕方には到着していた。

 俺はまず彼の家に向かった。


「こんにちは、アローンですけどサイラスはいますか」

「あ、え? 勇者様、アローン?」

 出て来たのは彼の妹だった。

「ヒルダ、久しぶり。 サイラスは?」

「兄さんは、二月前に亡くなりました」

「え?」

 彼が亡くなった?


「兄さんは王都から帰ってきてからずっと床に臥していました。 そして急に倒れて「アーロン、やったな」とだけ言い残して亡くなったんです」

「それって、七の日の夕方では?」

「ええ、そうです。 何故知ってるんですか」

「俺達が、魔王を倒したのがその日のその時刻だから」

「きっと兄さんには見えたんですね、あなたが魔王を倒したところが」

「そうだと思う。 それで、サイラスの墓はどこに」

「兄さんの生前からの希望で丘の上の木の根本にあります」

「分かった、今から行ってみるよ。 ありがとう」


 そう言って彼の墓へ向かおうとしたところでヒルダに止められた。

「ちょっと待っててください」

 彼女は奥へ引っ込み、少ししてから戻ってきて、俺に手紙を差し出した。

「これ、兄さんからあなたにって」

「ありがとう。 後で読ませてもらうよ」


 村を見下ろす丘の上、彼はそこにいた。

 墓石には「サイラス F. ここに眠る」とだけ彫られていた。

「サイラス、久しぶり。 君のくれた剣のおかげでやっと魔王を倒せたよ」

 彼は何も言わず夕日の中に佇んだまま俺を見ていた。


 俺は彼の手紙を開けてみた。

 そこには彼が聖剣と同等の剣を鍛える事はできても聖剣を超えるものは作れなかった事、俺の魔王討伐の旅が迫っていた事、そして彼が聖剣を超える剣を完成させるために彼の命の大半を剣に封じた事が書いてあった。


「アーロン、きっと君は怒るかな。 でも、もしこの剣が君を助けられるなら、僕は幸せだよ。

 できれば君がこの剣に名前をつけてやってほしい。 この剣は君だけの為に鍛えた剣だから。

 僕も聖剣を見たことがあるけど、あの剣はもう疲れきっていた。 理由は分からないけど聖なる力を蓄えられない状態だった。 だからこの剣を君に託す。 もし聖剣じゃ魔王を倒せなかったらこれを使ってほしい」


 夕暮れはやがて満点の星を湛える夜空に変わったが、俺はずっと彼に語りかけていた。

 昔の事、今の事、これからの事、そして俺はいつしか微睡みの中にこの身を沈めていった。


 気がつくと夜空は西へ旅立とうとしていた。

 そして夜空に引かれるように東から次の日がやってくる。

「夜が明けるよ、また太陽が登って来る。 そうだ、この剣の名前は「朝の剣あしたのつるぎ」でいいか? 青みがかった白い刀身が今の空を映した朝露と一緒だ。 闇を追い払い、夜明けを告げる朝日の剣、「朝の剣」だ。 ダサいけどピッタリの名前だろ?」


 俺は墓石刻まれた彼の名前の前に「我が友」と刻んで王都に帰った。




 --朝の剣(あしたのつるぎ)

 二百年前、当時の勇者アーロンが最後の魔王を討ち倒した際に使用した剣。 聖剣でも斬れなかった「邪神の加護」を斬り裂いたと言われる。

王室宝物館所蔵

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朝の剣 私池 @Takeshi_Iwa1104

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