第19話  ある夫婦の物語 sideアンジェリカ

 信じられない。

 本当に素直には信じられなかったのです。

 16歳を目前に控えていたあの夜実の兄より毎夜犯され続けていた事実を知り尚且つそれからもずっと飽きる事もなく犯さていた。


 そんな日々の中私は激しく自分自身を呪いました。

 何故なら憎い兄よりもたらされし快楽を私の心がどの様に拒絶をしてもです。

 初めて快楽を教え込まれた身体は大小構わず快楽と名のつくものを何時の間にか全て拾っては享受していたのです。


 いいえっ、身体が歓喜すればする程に兄の望む声となり、恥ずかしげもなく喉が枯れるまで嬌声を発していたのです!!


 何処までも……そう永遠に続く快楽地獄。


 身体が悦ぶ度に私の心は少しずつ死んでいきました。



 何も知らなかった頃にはもう戻る事は出来ない。

 何も知らずに兄を慕っていた頃にはもう戻れない。

 両親を失った日から私達家族の縁はプツンと切れてしまったのです。


 そう兄と私を繋いでいたのは快楽のみ。


 ですが一度たりとも……ええ正気だった私からは兄を決して求めはしませんでした。


 ただ兄より齎されし快楽によってグズグズに蕩けさせられればです。

 僅かに残っていたであろう私の拒絶の意思は何度も襲い掛かる快楽と言う名の大きな波であっと言う間に霧散されてしまえばもう私は!!


 この子を授かったのは私の意志の弱さ故。

 

 私がもっと強固な意志で以って兄を拒絶しておればこの子はここにいなかった?


 いいえそれは私にはわからない。

 何故なら何もかも初めての事でただただ流される大きくうねる波の間で今にも沈まんとするいかだの上で心細気に彷徨っていたのが私なのですもの。


 でもだからと言って何もかもの責任を放棄する訳ではありません。



 ええ私はいやしくも一国の王女であったのです。

 

 何もかもを兄だけの責任で逃げる訳には参りません。

 私の胎へ宿った命……出来れば貴方と一緒にお母様は儚くなってしまいたかった。


 何故なら貴方の父親が誰なのかという事実を告げる事は許されないのです。

 貴方の存在はアッシュベリー辺境伯である旦那様、義姉である現王妃とその故国と我が国の立場と関係を微妙なものとさせるから……。


 いいえっ、兄も義姉やその故国等最早どうでもよいのです!!


 私は旦那様となった辺境伯様にただただ申し訳ないと、旦那様……いえ旦那様だけでなくこの領地にいるだろう全ての者が国防となって命を賭して戦っていると言うのにです。


 王家がその功績を蔑ろにするどころか踏み躙る行為をした事実が許せない!!


 本来ならば嫁ぐ身の私は純潔でなければいけない。

 それが命を懸けて護ってくれる者達への対価であらねばならないのです。

 

 純潔である私の胎より生まれし子はアッシュベリーと王家の血を継ぐ子でなければいけない。


 なのに私はもう既に――――穢れ純潔ではな……い。



 本音を言えば兄より攫う様に妻へと迎えられた事。

 また王都より逃げる様にこの地へ迎え入れられた事に感謝しかないのです。

 ですがこの地でのうのうと王女然としたまま旦那様の血を受け継がない子を産み落とす程の厚顔にはなれない。


 旦那様だけでなく皆に優しくされればされる程に私はどうしていいのかわからない。


 最近ではリザも皆と仲良くなれば……それは確かにとても良い事なのです。

 しかし内情を知る筈のリザは皆と一緒になって私へ元気で健やかな子を産む様にと真摯に諭すのです。


 ああそれは幾ら何でも許されない。

 許されたいとも私自身思いませんし思えないのです。

 そうして自然に生きる気力がなくなれば、少しずつ食事や飲み物さえも喉が、身体が受け付けなくなりこのまま母子で儚くなるのもいいと思い始めた頃でした。




「だから家族共にこの地で暮らそう。アッシュベリーでは誰も貴女と生まれてくるだろう子を苛めはしない。この地に住まう者は皆家族なのだから――――」



 嘘。

 どうして?

 何故旦那様は、貴方様は太陽の様に眩しくもじんわりと温かい眼差しと微笑みで、その様な優しい言葉を私へ掛けてくれるのですか。


 私はもう何も持たない、何の価値すらない元王女でしかないのに。

 何故貴方はこんな私へ優しく、いいえ私達母子へとその様な大それた言葉を事も無げに仰るのですか。


 素直に嬉しいと思う反面本当に信じてもいいのだろうかと不安にさえ思ってしまう。


 でも何故でしょう。

 もしこの後私とこの子が殺されるとすればです。

 私達を殺めるのは旦那様、貴方であって欲しいと思う私は何処か狂ってしまったのでしょうか。


 


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