第17話  ある夫婦の物語 sideシリル

 あの日を境に俺は何度戦場を駆け回っただろう。

 そして剣と魔法を交え戦う日々の中で何度も折れそうになる俺の心を支えてくれたのはアンジェ――――俺だけの天使の笑顔。


 

 しかしながら出逢ったのは後にも先にもその一度きり。

 これまでの間に王宮へ出向いたのは何度もあった。

 だが何故か彼女と俺は逢う事がなかったのだ。


 先ず天使と出逢ってから四年後に勃発した帝国との大きな戦いによって我が国は辛うじて勝利を収めた。 

 戦陣を何時もながら狂喜を纏い突っ走る帝国の先帝を俺が重傷を負わせたのが切っ掛けとなればだ。

 帝国では早々に代替わりを行えば現在では一応表面上は我が国と友好関係を築いてはいる。


 だがそれも全ての帝国民が受け入れている訳ではない。

 平和主義を掲げた新帝を善しと思わぬ者達は今もこうして我が国を含め周辺国へ小競り合いを仕掛けてくるのだ。


 彼の国は広大故にまた帝位を着いたばかりの皇帝はまだ若い。

 それだけに全てを制するのは時間が掛かるもの。


 ただあの戦いで帝国側だけが被害を被った訳でもない。

 我が国で言えば一番の被害は俺の父、前アッシュベリー辺境伯が敵の将の刃により倒れてしまった。

 だがその最期は決して背中を撃たれたのではなく真正面から敵の刃を受ければだ。

 何があろうとも後ろへ倒れず馬上のまま味方を護り静かに絶命した。


 死して尚その名を馳せる勇猛果敢な騎士として名を遺す立派な最期に俺は悲しみと共に誇らしくもあった。

 俺も父の様な立派な騎士である前に立派な男として生きたいと!!



 18歳の若さで俺は辺境伯位を受け継ぐ際に王宮にて王へ謁見をし亡くなりし父と同じく先王陛下へ変わらぬ忠誠を誓った。

 

 そう偉大な父が何時も先王陛下を心より尊敬していたのを俺は知っている。

 だからこそこの御方の為ならばと俺は命を捧げても良いと判断した。

 先王陛下はアッシュベリーとの忠誠と言う名の契約を受け入れてくれた。


 そしてアンジェ……王女殿下の姿を見る事は出来なかったがこれも致し方がないと思った時だった。

 先王陛下より意外な提案という願いをされたのは……。


『我が愛しき姫が成人した暁には辺境伯であるそなたの妻として迎えてはくれまいか』


 紡がれた言葉に一瞬呼吸が出来なくなってしまった。

 ついでに時までも止まったのかとも思ってしまった。


『王女……殿下とは、あ、アンジェ……リカ様に相違御座いませんでしょう、か』


 喉が一瞬でカラカラに干上がっていく。

 陛下の御前であると言うのにも拘らず上手く言葉を紡ぐ事が出来ない。

 

 剣を握り馬へ乗り血塗れの戦場を駆け巡る。

 敵と熾烈な剣戟を交わす事も四年前とは違いもう恐怖を抱く事はない。

 また傷を負う事、血を流す事に一切の躊躇いもしなければだ。

 この命、身体に流れし血の一滴までも全てはあの日あの時あの瞬間俺は俺だけの天使へ全てを捧げたのである。


 確かに何時か叶うならばいいと思ったし願った。

 だがその度にまだ俺にはその資格がないと、もっと己を磨き研鑽を詰まねば俺の天使を乞う事は罷り通らないと思っていたと言うのにだ。


『――――して返事はどうだ』


 喜びの余り身体の震えが止まらない!!


『は、はいっ、わ、不束者に御座いますれば――――っていやその、俺……いや私は⁉』


 ああ俺は陛下の御前だと言うのにどうして〰〰〰〰。


『ははは、そなたの父である辺境伯とよく似ておると言うかそっくりじゃ。そなたの父と母の縁を持ち掛けたのはわしじゃからのう。あの時の奴の表情と言うかあの様子は息子である今のそなたと同じじゃな』


『も、申し訳御座いま……』

『よい。その様子で全てを理解した。じゃが我が姫はまだ10歳になったばかり。此度は書面において正式に婚約を交わす事にし、正式なる披露は姫の成人の時……その婚姻と同時でもよいかの』

『は、はい陛下っっ』


 俺は嬉しさの余り深くは考えなかったのだ。

 ただただ愛らしい天使を迎えられる喜びに浮かれ過ぎていた。

 先王陛下の真の願いを俺は完全に受け取り損ねてしまった。


 言葉では決して発する事の出来なかった陛下の憂いと願いと娘を思う気持ちに俺は事が起こるまで気づく事が出来なかったとんだ愚か者なのだ。

 

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