第11話  ある夫婦の物語 Sideアンジェリカ

 このアッシュベリーの地へ到着して半月は経ったのでしょうか。

 

 私は変わらず心が晴れる事もなければあの日兄によって穢され傷つけられた心と身体は未だ回復する事はない。

 

 なのに私の身体だけは時が刻まれていくと共に大きく様変わっていくのです。


 まるで許されざる罪が形と成せば何時下されるかもしれない旦那様からの断罪を、否が応にも意識させようと胎の子は日々大きく育っていく。



 怖い、嫌!! 

 お願い誰か、誰か助けて!!

 叶うならば今直ぐ私を死なせて――――。



 罪に苛まれる日々。

 恐らくアッシュベリーの地で私が懐妊している事実を知らない者はいないでしょう。

 

 毎日の診察。

 リザを含むアッシュベリーへ仕える私専属の侍女達より甲斐甲斐しく世話をされる私なのです。


 この姿を見て何も気が付かない者はいない!!


 そして誰しもが思う事。


 !!



 それは当然です。

 何故なら私の子は呪われし不義の子。

 父親を明らかにする事は許されないだけでなくこの私自身が認めたくはない。


 そう認めた瞬間、私の心が兄を受け入れたと言う事と同義なのですから……。



 迫りくる現実と恐怖で気が可笑しくなってしまいそう。

 いえ、正気をを保っている事の方が不思議なのです。

 許されるものならば大声で泣き叫んでしまいたい。

 でもそれは出来なかった。


 元王女としての誇りがそれを善しとしなかった……から?


 ですがこうして何かをする気力すらなく、泣き叫びはしないものの寝台の中で声を押し殺し泣き続ける日々。


 侍医は余り泣かずに心穏やかにと諭すのですがその様な気持ち等到底なれる筈もないのです。

 

 そして旦那様もきっと今頃王家へ喧嘩を売る真似をなされて後悔されておられるのでしょう。

 

 何処の誰かもしれない男の子を宿したと思っていらっしゃるのでしょうから……。


 でもいっそその方がが良かったのやもしれません。

 何故なら悪女を演じるには数多の男性と関係した末の結果……とよく小説で書かれていますもの。

 私の様な兄へ犯される妹王女と言う設定はありませんものね。



 幾らお優しく清廉潔白な旦那様と言えどもです。

 此度の件は腹に据えかねていらっしゃる事でしょう。


 そして今度お会いする事があればきっとそれはなのだわ。


 何故なら旦那様は王国の堅牢の盾であると同時に国一番の勇猛なる騎士。

 常に戦場へ身を置けば、侵略してくるだろう者達を一刀両断にしてしまうと言われる狂戦士と異名のある御方。


 正直に言えば旦那様……いえ旦那様以外でも殺されるのは怖いです。


 ですがこれも何かの縁。

 短くも私の知る旦那様ならば、ええ旦那様によって殺されるのであらばそれはそれで幸せなのかもしれません。


 そう最初に裏切ってしまったのは王家こちらなのですもの。



 母子若しくは子が生まれた後に私だけを殺されるのでもいい。

 私の命一つで旦那様のお心が少しでも晴れるのであらば、このままアッシュベリーが王家へ反意を持ちその剣を向けられればきっと王家はあっと言う間に負けてしまうでしょう。


 何も兄を心配しているのではありません。

 ただその為に流されてしまうだろう多くの無辜なる民や騎士達の命が失われてしまう事に心が痛むのです。

 

 なのでどうかお願い致します旦那様。

 お腹立ちは如何ばかりかと、成人間もない私が旦那様の怒りを推し量る事は出来ませんがそれでもです。


 厚かましい願いなのは十分理解しております。

 ですが旦那様、どうかこの国で生きる者達の為にも戦だけは、王家へ剣を向けられずにこの私だけに貴方様の剣を向けて下さいませ。


 日々泣くばかりしか出来ない私ですがどうかこの身一つで旦那様の怒りを鎮めて頂きたいのです。

 

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