第4話  ある夫婦の物語 Sideアンジェリカ

 私の懐妊は直ぐに兄へ知られてしまいました。

 また修道院へ入ろうとしていた事も知られてしまいました。


 ですが即位したばかりの兄にまだ国を完全に掌握する事もですが、周辺国……特に義姉となった王妃の祖国との関係も今以上に構築しなければいけない時での私の懐妊だったのです。


 王宮内、特に義姉の周囲へ兄は緘口令を敷いたのは言うまでもありません。

 私の懐妊を知るのは王宮でもほんの一握り、私の周囲の者達だけ。


 そんな中で私はアッシュベリー辺境伯との結婚が告げられたのです。


 

 国内でも一番の武力を誇り王国の堅牢の盾と称されればです。

 表向きは帝国とも友好を深めてはいるものの、やはり裏では虎視眈々と何かにつけて侵略の隙を狙っている帝国なのです。

 そんな帝国との小競り合いを常に力で撥ね付け命を賭してこの国を護る者達がいる場所、それがアッシュベリーでした。



 アッシュベリーは他の貴族とは明らかに違います。

 独自の文化と考え方、また領土も広大で財力は一国の国にも相当すると聞き及んでおります。

 そんな彼らは何よりも忠義と正義を重んじる騎士達なのです。


 父である前国王へは主従の誓いを立て、彼の領とも友好関係にあったと聞いております。

 ですが兄はまだ即位して日が浅く、彼の領主よりの謁見も未だなく当然主従の誓いも果たされてはおりません。


 アッシュベリーの忠誠を得る事が無事出来れば国内の貴族達を掌握したのも同義と言われております。

 それ故に兄は王妹である私を差し出す事を臣下達より進言されたのでしょう。

 またそれを覆す事も出来ずに受け入れる事しか出来なかったのでしょうね。

 

 ですが私は納得が出来ません。

 信頼に値する崇高な騎士へする行動とは思えないのです。

 何故なら私の身の内には兄の子が宿り今も生きているのです。


 彼の辺境伯の信頼を勝ち得る為ならば筈。


 今の私は純潔ではなく穢れている。

 この様な穢れた女が命を賭して国を護る者との対価になり得よう筈がないのです。

 だから私はこの結婚を全力で拒否しました。

 私に残された良心がそれを許さなかったのです。



「案ずるな私の大切なるアンジェよ。辺境伯との婚儀をしたとしてもだ。そなたはこの王都で暮らすがよい。何幾らでも奴を言い含めて見せよう。我らは真実愛し合う者同士であり決して離れてはいけない永遠の番なのだ。そなたの想いはこの私が確と受け止めたぞ」


 一体何を言っているのですかお兄様。

 私は一度でも貴方を受け入れた覚えはないと言うのに……。


 懐妊と兄夫婦が新婚中と言う事で犯される事はなくほんの少しだけ安心していたのです。

 しかしまさか結婚を厭う理由がこの様に曲解されるだなんて――――。


 

 そうして抵抗空しくも二ヶ月後……一国の王女の結婚、然も降嫁とは言え余りのスピード婚。

 その理由は他の誰でもない私の身体に理由があるだなんて皆思いはしないのでしょうね。

 また折も悪く帝国との小競り合いが辺境量との国境線で始まると同時に私の体調も悪くなれば、婚儀を終えた後直ぐ領地へ旅立つ辺境伯と共に王都を出る事が出来なかったのです。


 しかし日に日に身の危険を感じた私は王宮から逃げる様に辺境伯のタウンハウスへと移り住みました。

 

 それからの暫くの間は私は心が壊れた様に遊興に講じました。

 ええはっきり言って現実逃避ですわ。

 でも観劇やサロンで知り合った者達のパトロンになったからとは言え、身体を許す関係にはなりませんでした。


 何故ならこれ以上今も命を賭して国を護ってくれる辺境伯を裏切れなかったのです。


 とは言え彼を愛している訳ではありません。

 ……はっきり言って一度だけしか、結婚式の当日にお見受けしただけですがその……とても恐ろしいお顔と大きなお身体で兄とは違う恐怖を抱いてしまったのですもの。


 ただ一度だけしかお見受けしてはいません。

 でも……兄とは違う男性なのだと思いましたわ。

 そして叶う事ならば兄に犯される前の私としてお逢いしたかった。

 

 

 

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