第一章 UGNイリーガル友氏

「終わった……今回も、生きてた。」

 敵性ジャームとの戦闘が終了し友氏ともうじは呟く。UGNイリーガルとして永山ながやま隊と行動を共にする事数回、やっと他人との連携も慣れてきてほとんど傷を負うことなく勝利を収めることができた。しかしその顔は浮かない。

「やっとまともに動けるようになってきたわね。足を引っ張らないだけ上出来よ。」

 天野あまのが上から目線で講釈を垂れる。実際オーヴァードとしては天野のほうが先輩である。おそらく1対1では友氏は相手にならないだろう。そもそもの火力が違う上に経験値の差が大きい。

「天野君は厳しいな。彼は我々のようなエージェントではない。協力してもらっているということを忘れないでくれ。」

 すかさず隊長の永山がフォローに入る。人工声帯からではあるが穏やかな人柄が感じられる喋り方だ。さりなげなく二人の間の位置をキープしており配慮のできる管理職であることが窺える。

「いやいや、敵に正面からぶつかるなどなかなか正義的ではありませんか。彼は見込みがありますぞ。」

 さらに正義マン、もとい只野ただのも友氏の肩を持つ。彼は"正義"というワードに強いこだわりを持ち、正義か否かで物事を判断する。友氏の前線での奮闘ぶりは彼には好感触らしい。

「じきに救急隊が来て生存者の救助が開始される。おそらく今回の件は突風によって飛ばされた看板がバスにぶつかったというような形で処理されるだろう。我々は撤収だ。」

 そして4人はUGN支部へと戻り、エージェント3人はそのまま後処理のため支部に残ったが、イリーガルである友氏は彼らとはそこで別れ自宅へと向かった。

帰宅途中、友氏は考えていた。日常と非日常、どちらも選び取れずイリーガルとなった自分の事。エージェントとして活動する先輩たちとの交流。自らの自死願望と捕食衝動。そして、自らがその身を一点を残して喰らいつくしたかつての恋人の事。

 答えの出ない問に苦しみ、その苦しみこそが自分に与えられた枷と罰と思いながら歩を進める。その歩みは遅く、目線はただぼんやりと地面を見つめていた。そのせいで彼は気付けなかった。表通りであるにも関わらず、辺りがひっそりと静まり返っていることに。

 ワーディングだ、と気付いた時には前後を挟まれていた。前にも後ろにも同じ様な姿の人影。表情は読み取れない。顔の筋肉が硬直しているのかピクリとも動かず目線だけはこちらを追っている。ただ薬物によって一時的に気が狂っている、というのではないおそらく既に理性を失っているジャームだろう。

「どうしたら……いや、やるしかない。」

 友氏は首から下げていた指輪を右手に嵌める。茶色い肉が彼の顔を覆っていき、赤い単眼が開く。背中からは長い棘が生え、周囲からは何かを引きちぎる音とくぐもった悲鳴が聞こえる。バイサズ特有の変身とそれに伴う咆哮が戦闘開始の合図を告げる。

 変身した友氏に対し、前後の敵が完全に同じタイミングで雷撃を放つ。

「なっ……!」

 これはなんとか躱すが、さらに同時に距離を詰めてくる。そこで前からは機械化された下段蹴り、後ろからは同じく機械化された右フックのコンビネーション。

「ぐっ……」

 蹴りを躱したところに後ろからのフックが命中。ダメージとともに体勢が崩れる。そこに前からの飛び膝が飛んでくる。これにはなんとか骨の剣を合わせて迎撃する。

(おかしい、連携がきれいすぎる。ジャームには知性は残されていないんじゃなかったのか?)

 実際、前後のジャームは一切言葉を発していないし目配せなどを行っている気配もない。しかし、その動きは打ち合わせたように完璧である。その完璧なコンビネーションの前に友氏の体が少しずつ削られていく。反撃に出ようとすれば逆側のジャームに咎められ、防御しようとすれば両側から同時には防御できない位置に攻撃が飛んでくる。通常ならばどちらかを崩して2対1の状況を脱するのだろうが、その隙が見つけられないまま徐々に動きが鈍くなっていく。ここで死んだとして彼女は許してくれるだろうか、そんな事を友氏が考え始めているところに助けはやってきた。

「ちょっとあんた何やって……とりあえずいくわよ!」

 天野はそう言うと氷を生成して躊躇いなく自らの心臓を貫く。存在感はあるが優しさの感じられる声が辺りを包む。その音が消える頃には変身し鎧に包まれた天野が攻撃を放っていた。

 友氏から見て後側の敵が焼け焦げた死体に変わったのを見ると友氏も残された力を振り絞り動き出す。

「はぁぁっ!」

 正面の敵に変形させた自らの拳を叩き込む。拳から伸びた白骨が敵対者の胸部を貫通する。その腕と脚が力を失い戦闘の終わりを示した。

「やっぱあんた一人じゃだめね。」

 既に変身を解除した天野が話しながら近づいてくる。

「そう、みたいだね。」

 まだ変身を解いていない友氏は肩で息をしながら答える。

「しかし、何の合図もなしにあそこまでの連携ができるものだろうか。何かがおかしいと思わない? 天野さん。」

「そんなのどうだっていいでしょ。敵は倒したんだし。」

 友氏の疑問は天野には理解されなかったようだ。面倒な客に捕まった後のコンビニ店員のような顔でひらひらと手を振る。しかし友氏にはこれがただの偶然とは思えなかった。そのため支部へ出向いて唯一話の通じそうな永山と話すことにした。

「永山さん、少しお時間をもらえませんか。」

「ああ、友氏君か。天野君からも連絡があった。大きな負傷がなくてよかった。」

 どうやら先に戻っていた天野から話が伝わっていたらしい。彼女も素っ気ないが心まで冷たいわけではない。

「ええ、その事で。僕たちが対峙したのはジャーム、それも完全に理性を失っているタイプでした。」

「残念ながら、この街では度々発生する現象だな。しかも最近増加傾向にある。そのために我々がいるわけだが、困ったものだよ。」

 永山は額に手を当て眉間を揉むような動作をする。疲れが溜まっているのだろう。支部長といえば現場に出ての対処はもちろん、いろいろな書類仕事もあるはずだ。

「ただ、気になる事があって。彼らは明らかに理性を失っているにも関わらず僕と天野さんよりも連携した動きをしていました。いや確かに僕と天野さんの連携がそこまでうまくいっていないというのもありますけど。あんなに完璧なコンビネーションは今までで初めてです。もしかして二人のジャームを操っていた第三の人物がいるんじゃないかと思えてしまって……」

 友氏は珍しく一気に喋ると永山の表情を窺う。もう少し話を整理してからにすべきだったかもしれない、などと反省していたが、今回は強く押したことでうまくいったようだ。

「君がそこまでいうならやつらの死体を分析班に回そう。何か分かるかもしれない。もしジャーム発生増加の原因が突き止められれば我々の今後の方針も決まる。」

 そこまで言うと永山はデスクの引き出しからパイプのような器具を取り出してきた。そしてそこに先程まで読んでいたであろう報告書の類を詰め込む。永山独自の代替食だ。バイサズにはそれぞれ人肉への抑えがたい飢餓があるが、それを少しでも和らげることができる代替食を持つものが多い。永山の場合はそれが戦闘記録に当たる。それを煙草のように吸入するための器具が今永山が取り出したものである。

「では、今日はこれで。」

 それを見た友氏は短く会話の終了を告げて立ち上がる。どのみち後は分析の結果が出てからだろう。

「ああ、結果が上がってきたらまた連絡する。」

 紫煙の向こうで永山が答えた。

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