幕間2 教室にて

(ど、どうして上手くいかなかったんだ……!?)


 天手オリト……、もとい、メテオリトは、とても焦っていた。

 マジカル・ポラリスの正体を探り、それが星空中学校に通う「星見台あかり」であることを突き止めたのは良かった。

 学校の職員達を洗脳し、「天手オリト」を名乗って同じクラスに潜入出来たことも良かった。

 クラスの生徒達も、コメット王国の王子として培ってきた所作で、まとめて好感度を上げることにも成功した。

 それなのに。


 ――、えっと、それ、私じゃなきゃ、ダメ?


 遠慮がちだけど、ハッキリと拒絶された。

 自分が頼めば、このクラスの生徒なら誰だって首を縦に振ると思っていた。それこそ、「星見台あかり」も例外なく。

 それなのに、どうして。


(ポラリスの時と、全然違うじゃねぇか……!)


 あの、熱のない、穏やかに相手と距離を取るためだけの微笑み。

 素っ気ない態度。

 乾いた目つき。


(これは、失敗なのか……?)


 学校なら、隙が出来ると思っていた。

 「メテオリト」ではなく、「天手オリト」として接すれば、油断した時に倒すことが出来るのではないかと考えていた。

 だけど、これでは、油断どころか近付くことさえ出来やしない。

 むしろ、「メテオリト」の時の方が警戒されていないのではないかと疑うレベルだ。


(……、あいつ、あんな態度も、取れるんだな……)


 ぎゅっと拳を握る。

 戦っている時は、ずっと自分を「好きだ」と言っていた。

 「殴りたくない」とも言っていた。

 戦闘中なのに、殴るより抱き締めてきて、殴り技を無理矢理、抱擁技に変えてきた(それも結局、攻撃には変わりないのだが)。

 そんな様子ばかり見て来たから、あの微笑みは、態度は、目つきは――。


(って、な、なにを考えているんだ、オレは……!)


 ぱちん、と頬を両手で叩く。


(冷静に考えろ。戦っている時よりも、変身していない今の方がずっと無防備に決まっているじゃないか。今の反応だって、他の奴らに囲まれていて、朝から全然絡みがなかったのに、急に距離を詰めるようなことを言ったから引かれただけかもしれないし……!)


 考えれば考えるほど、今朝からの自分の行動は失敗だったように感じる。

 クラスメイトなんて、どうでもよかったんだ。

 最初から、まっすぐポラリスだけ見て、誘惑しにかかっていればよかった。

 そうしたら、あの態度だって、あの視線だって、ちょっとは――。


(って、ま、また、何を考えているんだ!?)


 ぱちん、と再び頬を両手で叩く。

 感情任せに叩いたから、先程よりも、じんと痛かった。


(落ち着け、メテオリト。クラスの他の女子達はだいたい落とせたし、なんなら男子だって落とせたんだ。星見台あかりぐらい、どうってことない)


 ぐっと、拳を握る。

 そうだそうだ、と自分で自分を鼓舞する。


(あんなの、ただの田舎娘じゃないか。元々オレのことが好きなんだし、この姿でも落とせるだろう)


 そう思った、直後。


「あ、いたいた」


 振り向くと、教室の扉から、クラスメイトの男子が入ってきた。

 確か、彼は……、日向カケル、と言ったか。

 『フットサル』とかいう、今日やった原始的な運動に近い種目の運動を行う『同好会』とやらを立ち上げようとしている、なんて言っていたような気がする。


「オリト、行こうぜ!」


 笑顔で親指を立てて、軽く上に上げてくる。


「どこへ?」

「さっき、星見台から聞いたんだ!この学校、案内してやるよ!」


 先程の、彼女の熱のない笑顔を思い出す。

 はっきり言って、最悪だった。

 いったいどんな風に目の前の男子に説明したのだろうか。

 ……、このクラスの誰であれ、印象が悪くなるのは避けたいところだったのだけれど。


「あー、お前、なんかがっかりしてねぇか?」

「え?」


 カケルの笑顔が、陽気なものから、意地の悪いものに変化していく。


「あいつ、『天手くんが学校案内してくれる人を探していた』なんて言ってたんだけど……、もしかして、お前、星見台に案内して欲しかった、とか?」

「な、そ、そんなことねぇよ!なんでそういう話になるんだよ!?」

「ほぉー、図星かぁ」


 否定をしたが、時既に遅し。

 というか、こんな話は、出てきた時点でそういう流れになってしまうのだ。

 かと言って、肯定するわけにもいかない。


「わかるわかる。意外とあいつ、モテるんだよな。本人はめちゃくちゃ鈍感だけど」

「いや、違ぇよ!?」

「耳まで真っ赤にしてちゃ、説得力ねぇぞ~?」


 思わず黙ると、三拍の静寂の後、カケルはぷっと噴き出した。


「な、なにがおかしいんだよ……」

「いや、ごめんごめん。なんか、意外って言うかさ」


 笑い声を収めて、彼は頭を掻く。


「お前、王子様みたいにお上品な奴だと思ってたけど、意外とそうじゃないのな」

「なんだと?」

「ほら、早く行くぞ。学校探検の旅に、レッツゴー」

「あ、コラ。待ちやがれ」


 ……、失礼な奴だ。だいたい、自分は『王子様みたい』じゃなくて、正真正銘の『王子様』なのに。

 しかたがないから、ついて行ってやるけども。

 星見台あかりと言い、日向カケルと言い、今日は調子が狂わされっ放しである。


(今日はまだ一日目だし、偵察だから!)


 メテオリトは、ぐっと拳を握って、カケルの背中を追いかけることにした。

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