第10話 デモ

 日がだいぶ上り、日光がまぶしく北原に照りつける。

 海の様子は相変わらず不気味な青色をしているものの、それ以上にもそれ以外にもなる様子はない。

 しばらく砂浜に座り込んで、その海をただ呆然と眺めていた。

 その時である。

 遠くから太鼓の音が聞こえてくるのが分かった。


「なんだろう……?」


 北原はその音のする方向へ、ゆっくりと歩みを進める。

 どうやら、音は街の中心の方からしているようだ。

 数kmほど歩いただろうか。太鼓の音の中に、人の声が混じっているのが聞こえてくる。

 その場所に到着すると、この世界では初めて見る人込みがあった。


「な、なんだこれ?」


 何か横断幕やプラカードのようなものを掲げ、人々が叫んでいるのが分かる。

 なにやらデモ行進をしているようだった。

 しかし、横断幕やプラカードには何が書いてあるのかさっぱり分からない。

 そんな時、スマホがあることに気が付く。

 北原は術式展開アプリを開いて、次のように音声入力した。


「画像翻訳」


 そういうと、スマホのカメラ機能が起動する。

 そしてそれを人々が掲げている横断幕に向けた。

 すると、画像に翻訳された文字が重なって表示される。


「『異世界人を守れ』……『違法な法律はいらない』……『特定時空間転移研究法を廃止せよ!』……」


 それは、北原のような異世界から転移してきた人間を守るために活動しているデモ隊であった。

 まさに北原のような人々を救うために活動している彼らは、北原にとって救世主のようであった。

 北原もここに混ざれば、何か好機が見出せるだろうと思った。

 しかし北原自身が異世界人であることがバレたら、少々面倒なことになるのは目に見えている。

 そこで、北原は微妙に興味があるような人間になることを決意する。

 まずはデモ行進に合わせて、並んで歩く。

 こうすることで、このデモに興味があることを示す。

 すると、デモ隊の人が北原のことに気づいて、デモに参加するような動作をする。

 その動作を確認すると、北原は申し訳なさそうにデモ隊に参加した。

 これでデモに参加することに成功したのだ。

 あとはこのままデモの実行委員会にでも接触すれば、こちらとしては好機である。

 そのままデモ隊は街の中心部を経由して解散となった。

 人々が撤収する中で、北原はデモ行進の実行委員会がどこかにいるはずだと考える。

 そして、デモ隊の先頭にいる実行委員会らしき人たちを発見する。

 すかさず、北原は彼らにアプローチをかける。


「すいません!」

「のい、ひむにゃ?」

「あぁ、そうだ……。言語が通じないんだった……」


 困った北原は、アプリの存在を思い出す。


「音声翻訳」


 すると図形が変化し、音声を入力するような状態になる。


「私は異世界から来た人間です」


 それを翻訳してデモの実行委員に聞かせる。


『うたつぬうしかいかんきぬぬうげむだす』


 その音声を聞いたデモの実行委員会は、大層驚いていた。


「ひんるうなきんばうしかいかんくぬぬうげむかんばく!?」


 その音声を拾っていたのか、スマホが自動翻訳する。


『本当に君は異世界から来た人間なのかい!?』


 その言葉に、北原はうなずく。

 すると実行委員会の人々がざわざわしだした。

 こんな所に、弾圧されている異世界人がいるとはまったく想定していなかっただろう。

 すると、一人の男性が前に出てきて、話しかけてくる。


『君が本当に異世界人だとして、どうしてここにいられるんだい?』

「実は、一度研究所に捕らわれたのですが、ある人が救いの手を差し伸べてくれたのです。そのおかげもあって研究所から脱出することができたのです」

『そんなことがあったのか……。今更で申し訳ないが、自己紹介させてもらおう。私は異世界人を守る会の会長だ。よろしく頼む』

「こちらこそ、会長さん」

『では我々の本部に行こうではないか』


 そういって車に乗せられて、どこかへと向かう。

 この時北原には、多少の不安があったものの、それに従うほかなかったのも事実である。

 そして1時間ほど揺られただろうか。車が止まる。

 車から降りると、そこはただの一軒家のようにしか見えなかった。

 会長の案内の元、その一軒家に入ると、リビング兼応対室のような場所に通される。


『さて、今後のことについて考えておきたい』


 そう会長が口にする。


『個人的には、我々には彼の存在が必要不可欠になっている』


 彼とは、すなわち北原のことである。


『彼を我々の象徴にすれば、あの悪しき法律も変えられるはずだ』


 なかなかの力説である。

 しかし北原が象徴になるということは、それだけ世間の目に止まると言うことになる。

 北原は象徴になってもいいのか、悩んでしまう。


『異世界人の方、どうだろうか?』

「自分が象徴になるということは何か違和感のようなものを感じますね……。本当に自分がなってもいいんでしょうか?」

『もちろん!なってもらわなければ、我々の正当性が欠けてしまうというものです』

「うーん……」


 北原は悩む。

 今ここで象徴になってしまえば、今後のことは彼らに一任することができる。しかしそうなってしまえば、今度は彼らに束縛されることだろう。

 悩ましい選択になってしまった。

 しかし、北原は覚悟を決める。


「分かりました。皆さんの象徴になれるように頑張ります」

『おぉ、よくぞ言ってくれた』


 こうして、北原は異世界人を守る会の象徴となった。

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