第6話 村

 車が崖下に転落する、まさにその瞬間、北原の視界は白い光におおわれた。

 そして次の瞬間には、どこか石畳のある地面に降り立つ。

 降り立つというよりかは、バランスを崩して尻もちを着いたという感じだろう。

 北原は先ほどの閃光のようなもので、まだ目が慣れない。

 若干クラクラしながらも、北原はどうにか立つ。

 周囲の様子を見てみると、どうやら林の中のようであることは確かだ。

 また、目を凝らして見てみると、ここは神社の境内のようだった。

 目の前には時代を感じさせるような、言葉を選べば素朴な鳥居がある。

 また後ろを見れば、本殿があることも確認できる。


「ここは……?」

「ここはただの神社だ。特に名前があるわけではない」

「いや、神社なのは分かりますけど……。あの車の中からどうやってここに?」

「空間転移の術式を使った。ここが目的地だ」


 そういってJは鳥居の外を指さす。

 Jの横に立って、鳥居の向こう側を見る。

 すると眼下には、小さいながらも村のような建物群があった。


「村……?」

「あぁ。ここには多くの異世界転移者が暮らしている村だ。俺の本拠地でもある。外との繋がりは希薄な土地で、比較的安全とも言えるな」


 そういって階段を降りていくJ。

 その後ろを北原はついていった。

 村の中は、この世界とは異なり活気に満ち溢れていた。


「おっ、Jさん。いつ戻ってきたんだい?」

「たった今だよ。今日は新入りを連れてきた」

「ほぉ、お前さんがかい。今回はそこまで若そうには見えんが……」

「小父さんよりは若いですよ」

「それもそうだな!はっはっは!」


 そういって年を取った男性が笑う。

 そのまま北原はJの案内の元、とある家に案内される。


「この家は?」

「今日からお前がお世話になる家だ。挨拶でもしておけ」


 そういって家の中に入っていく。

 北原も遅れまいと家に入った。

 そこには、パソコンで何かをしている男性二人の姿が。

 少しばかり異様な空気を漂わせる部屋であったが、Jは構わず入っていく。


「よう、お二人さん」

「何の用だ?J」

「いや、新しい住人を連れてきたから挨拶でもしてもらおうかなと」

「俺らには必要ないと言ったら?」

「そんな邪険になる必要はないだろう。ちゃんと実験台になる素質はあるって」

「今、実験台って言いませんでした?」


 Jの言ったことに、北原が反応する。


「何、そんな大層なことではない。そのスマホを使わせてくれればいい」


 そういって、Jは手を差し出す。

 それは「スマホを出せ」という合図であった。

 北原は仕方なく、スマホを渡す。


「これなんだが、どうだ?」

「ほう?最近は見なくなったSany製のExtranze 5 Ⅰか。なかなか高性能なもの持ってるじゃねぇか」

「これに例のアプリを導入できないか、試してほしい」

「お安い御用だ。明日までに仕上げるよ」

「あとは、何かデータが削除されたとかあったら復元させてほしい」

「その辺は気が付いたらやっておくよ」

「それじゃ、あとはよろしく」


 そういってJは、再び村の中を案内するように北原を連れて回る。


「こっちは共同の風呂がある場所だ。今は二、三日に一回開いている程度だ。この辺では水は貴重だからな。そのせいで洗濯もかなり制限されている。まぁ、多少の臭い程度なら我慢してくれ」


 そういってどんどん村の奥の方へと案内される。

 そちらの方に行くと、そこでは農業が行われていた。


「基本、食料は自給自足だ。この村は循環できるように仕組み作りが進められている。外からの供給がないからな」

「あの、この村は一体何のためにあるんですか?」

「この村は異世界転移者のためにある。ゆくゆくはここにいる全員が元の世界に戻れるようにするのが俺の役目だ」


 そういってずんずん進んでいく。


「この村に来たからには、農業を手伝ってもらうことになる。その他何か技能があるのなら、その技能をいかんなく発揮してもらいたいのだが、何かあるか?」

「いえ、特には……」

「なら農業の手伝いだな。今の時期は春野菜が旬を迎えるころだから、それを収穫する手伝いをしてもらいたい」

「まぁ、はい」


 そういって村に戻り、農作業をする人の紹介を受けた。夜遅くであるのに、その人も気さくに対応してくれる。

 とにかく、今日の所は体を休める必要があるだろう。

 Jと別れ、紹介された家に戻る。

 すると、そのタイミングで同室のエンジニアと思われる人が北原を呼び止める。


「お前さんのスマホに埋め込まれていたウイルスは解除させてもらった。あと削除されたデータはないようだ。よかったな」

「え、えぇ」

「ま、俺たちのことはほとんど無視してもらっても構わないさ。特にエンジニアという人間なんかはな」

「はぁ……」

「布団は向こうの部屋だ。雑魚寝スタイルだから好きなところで寝てもらってもいいぞ」

「分かりました」

「また明日、Jが来るだろうから、その時は家にいるように。んじゃ、おやすみ」


 そういってエンジニアはそのまま自分の作業に戻っていった。

 北原は布団の置いてある部屋に入ると、そのまま倒れ込むように眠りに着いた。

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