第10話 ミント
『ミント』。
そう、ミントだ。
あの子と初めて会ったとき、彼はおそらく四歳か五歳くらいだった。淡いライムグリーンの髪を短く刈り込んで、自分がどこから来たのかも知らないようだった。自分の名前なのか「みんと、みんと」と辿々しく口にした。
ミントを見つけたのはあたしだった。ある日、家の入り口で震えてた。倉庫にあったブルーシートを被って、雨の中。捨て猫みたいに踞っていた男の子だった。あたしは濡れタオルを熱くして、それで身体中綺麗にしてあげた。
母親に打ち明けると、最初は『コロニーO』へ送るという話になりかけた。『捨て子コロニー』。もしかしたら、この『コロニーM』にいるよかずっと幸せになれるかも知れない。でもあたしは何だかとても嫌だった。
「ミントはあたしの弟だよ、一緒に暮らしたい」
「でもねぇ……」
「お母さん、二人も三人もおんなじよ」
そう言ってくれた姉のおかげで、ミントはあたしの家族の一員になった。養子と言うわけではなく、ただ一緒に暮らす、それだけだったけれどあたしは嬉しかった。毎日一緒に遊んだし、お手伝いも、眠るときも、常に傍を離れなかった。
だから、水を汲みに行くときも一緒に行った。二人でお揃いのポンチョを着て、どこか遠い裕福なコロニーに水を送るための、太いパイプの間をすり抜けて行く。姉はもうここを潜るには大きくなり過ぎていた(彼女は、繁華街の飲み屋でまだ幼いころから働いていた)。
そこに行くのは、初めてではなかった。でも前とは違う違和感があった。誰かがひたひたとついて来るような……でも振り返っても誰もいないのだ。水の気配だけはしたしたと残っている。
「ミント」
あたしはミントを引き寄せて、バケツを持っていない方の手を繋ぎあった。ミントは暢気に嬉しそうにしている。外は寒いのに、彼の手はポカポカと温かかった。それに不安が溶けて消えるのが分かる。
無事に池に到着し、あたしが溜まった水をバケツに汲んでいると、後ろから小さい悲鳴が聞こえた。
……少し前に、臓器を切り取られた子どもの遺体が、付近で何体か見つかったという。警察が警備を厳重にして、その話を最近は耳にしなかった。
だから油断していたんだと思う。振り返ると小さいミントは、小さい男の子は……ヒゲだらけの大きな男に、ポンチョのフードを掴まれてナイフを押し当てられていた。
「ミントを、離してぇ……!」
泣き叫ぶようにあたしは言ったけれど。刃ものの切っ先が、彼の柔らかい腹に食い込むのを見てしまった。その瞬間、頭に熱湯をかけられたような感覚に陥って、世界がハレーションして……何も、なにもわからなくなった。
* * *
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