第3話 その勢いのまま
あたしが生まれ育った『コロニーM』は、とても古いコロニーだった。内部は退廃していて、水がとても貴重だった。水は有害な雨水が巨大な濾過システムを通る際、漏れ出て池になったところから拝借している。
父親は、あたしがもっと小さい時に亡くなったと言う。姉とあたしは、一人で家族を支える彼女のために、できることは何でもした。コロニー上部からの水漏れは深刻で、みんなフード付きのポンチョを着て生活してる。
「お母さん、行って来るねぇ」
「あら、こんな時間に? 大丈夫?」
「大丈夫だって、●△×も一緒だから」
●△×……?
「だ、れのこと?」
* * *
キンモクセイさんと別れて、どれくらい歩いただろう。廊下はどこまで歩いてもずっと空の教室が続くばかりだ。当たり前だ。ここは作られた空間で、本当の学園ではないのだから……。
あたしは思わずしゃがみ込んだ。いつの間にかボロボロと泣いていて、それ以上一歩も歩けそうになかった。膝を抱えて顔を埋める。そこから来たのだというなら、その
どれくらいそうしただろうか……来た先の廊下から、誰かがやって来る足音が聞こえた。ちょっと神経質に小刻みで、少し踵を引きずるような足音には聞き覚えがあった。
「あ……」
「いよぅ、さいごに迎えに来たぜ」
声に顔を上げる。ツインテールの小柄な女の子は、あたしを見下ろしていつも通りニカッと笑ってた。オリーブ色の髪の毛が、あたしの眼前で揺れている。じわじわと彼女の姿が涙で滲む。
「お前、あんま手間かけさせんなよな~」
「ナツメぇ……」
「キキョウさんが心配してた……っと、まぁ私もか。モクレンさんも、あーちゃんもね」
付け加えて、眉を下げる。
「私は我が儘だからさ、皆がみんな、揃ってないと嫌なんだよ」
「……」
「馬鹿でもお前が大事。ここでの、『家族』だって思ってるからさ」
「そんなの……っ!」
『あたしだって同じだよ』。でも、それは声には出なかった。あとあと思えば、この時言ってあげれば良かったと思う。
「そっか、そうだよな……でも」
「みんなに迷惑をかけて、どの面下げて戻ればいいのかわかんないだもん」
「そのみっともねー顔下げて行けば良いよ」
「ナツメ駄目、だって、あ、ぁたし」
「大丈夫」
ナツメがあたしの目の前で、手のひらを優しくかざした。
「これは大丈夫なヤツだって」
「だってぇ……」
ちっちゃい子みたいに泣き出したあたしに、ナツメが冷たくて小さい手のひらを一度するりとあてがった。それから『さよなら』するみたいにその手を離した。
「キキョウさんはね、どんなことがあったって、お前を怒ったり……嫌ったりなんかしないよ、だって……」
目の前をスタスタ歩きながら、なぜか足先からキラキラと粒子になってナツメは消え始めた。あたしは驚いて慌てて立ち上がる。先にこの空間から出るのだろうか。
「キキョウさん私も、みんなも。お前のことだいじ……に……」
「ナツメ!」
最後まで言い切らずに消えたナツメの欠片を抱きしめるようにして、あたしは暗闇の中で一人、走り出した。するとみんなの気配がぐわっと近づいた感覚があった。
みんな、ものすごく動揺している、『三人』の気配を頼りに、あたしは走り出した勢いのまま『飛んだ』。
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