第3話 あなたは、だぁれ?
* * *
「モクレン、アサガオ。ちょっといいか」
いつぞやの放課後、私とモクレンさんはタケさんに呼び止められた。他の三人は手を繋いだり、肩に触れたりしてテレパシーの疎通を試みている。モクレンさんはチラリとこちらを見上げた。彼女には何となく、私の本質がバレている気がしている。
「二人には今一度、『亜空間』について軽く説明しておこうかな?」
「なぜ、私たち二人なんですか~?」
「バリアーが張れるからだよ」
そう答えて、タケさんは空中に指で四角を引き、電子板を作り出すとそこに図を描き始める。大きな丸、その脇に同じ大きさの丸を描いた。
「俺が作れるのはこっちね、今ある空間に似た世界を作るってやつ。本当はビルの一室とか、この地下みたいに密閉された空間のが作りやすい感じ」
「でも、タケさんはビルの外も作られていましたよね」
「そうそう、能力が高いとそんなこともできちゃうわけだよ」
ナツメが聞いていたら顔を顰めるようなことを言って、タケさんは今度は真四角を空中に描いた。
「あともう一つ、元々ある時空の歪みのような空間を利用する能力者もいる。俺たちの目には見えないだけで、この世界ってのはそういう空間がたくさんあるんだ」
「能力者は、そこへの入り口を開いて自由に行き来できるってわけですか~?」
「モクレン正解。俺たちが作るような空間と同じで、そこも時間という概念が存在しない。あらゆる時間軸からアクセスできる」
「はい! はい!!」
「何だね、アサガオくん」
いつもの茶番だが、私は挙手してタケさんに質問した。
「でも、そんなことになったら色々な時間帯の能力者たちが鉢合わせになりやしませんかね?!」
「今のところ、そう言った報告は受けていないな。そら数人とかはあるんだけどさ」
「誰からの報告ですか〜」
モクレンさんが普段通りを装った、少し震える声での質問に。タケさんは一度瞳を細めた。
「警察側にも俺みたいに能力者がいて、学園の近くでこの『亜空間』に遭遇している。満天の星空の世界と無限に広がる教室、どちらも果てがない空間だそうだ。同時に能力者がアクセスしてもはちあわないのは、まぁ単に広いってことだろうな」
「何で私たちにそんな話をするんですか〜」
「バリアーを作り出せる者には素質があるってか、まず俺がそうだったんだけどね」
そう言ってウィンクされる。私とモクレンさんは顔を見あわせあった。確かに会得したら強力な能力に思える。
「あ、そうそう知ってるか? 『亜空間』の怖い話」
「何ですか?!」
「命を落とした能力者は、みんなその時間軸のない、果てのない『亜空間』を彷徨い続けるんだそうだ。自分が死んだことも気づかずに……ね!」
* * *
『助けてあげて』
次に固まった雪を踏みつぶしたような、きしりきしりと凝固した音が聞こえてしゃがみ込んだ。音が聞こえたと思わしき場所に手をかざす。空間の軋み、きっとここだ。
「キキョウさんここに、何か入り口みたいのが……!」
「どれどれ?」
彼女も腰をかがめて、その空中を見つめた。何だか空気が曖昧というか。靄がかかったように向こう側の景色がぼやけて見える。
「あーちゃん下がって」
そう言うと、立ち上がったキキョウさんは空中でぐぐぐっと両手で扉をこじ開ける仕草をした。するとどうだろう、その靄のかかった部分が、まるで破れたように左右に開き始めた。向こう側には同じ教室が広がっている。でも床まで見渡せるようになってそこに倒れていたのはパンジーさんだった。
「パンジーさん!」
キキョウさんが急いで駆け寄り、彼女を助け起こした。こちらの教室の方がまだ外は明るい。この間と同じようにそこは切り取られた夕方だった。窓がどこまでもどこまでも並んでいる。外の世界には空しかなくて、そこを惑星が落ちるように大きな夕日が沈んでゆくのが見える。
「……う」
パンジーさんは瞼を震わせて少し呻いた。怪我はしていないようだった。私は視線を感じて顔を上げた。すると、目線の先に人が一人立っている。
彼女は仮面をつけていたが、この間の少女二人とは違うような印象だった。すらりと手足が長く、髪の毛はストンと肩ぐらいまでで、グレーがかった色だった。私の姿を確認するように顔を向けてから、横に音もなく移動して、いつのまにかそこにあった別の空間(それは白く四角く光って見えた)に飛び込んだ。
逃げられる……!
「待って!!」
手を伸ばして追いかけたが、彼女は翻る髪の残像だけ残して目の前で消えた。光の入口は、彼女がそこへ体を滑り込ませると同時に消失したのだ。私はそこへ駆け寄って、目線を下げた。すると、モクレンさんが床に倒れていたのだった。
「モクレンさん!」
抱き起こして揺り動かしても、彼女はまんじりとも動かなかった。ただ、浅い呼吸だけを繰り返している(取りあえずは生きてて良かった!)。抱え起こした頭の裏側が、ぬるりとして、私は抱きしめるようにして名前を呼んだ。
「モクレンさん……」
支えている右手が光る。私の体は私の気持ちと同調(シンクロ)して力を使うのだ。『治したい』という想いが強ければ強いほど、効果が出ると認識していた。
やはり、みるみると血は止まり、モクレンさんの血色も良くなっていった。彼女が倒れていたすぐそばに、いつも大切にしている万年筆が転がっている。
それは白い陶器のような胴体に、金色の箔をあしらって、とても美しいデザインをしている。見間違えるはずがなかった。左手を伸ばしてそれを拾い上げると、ささやかに視線を感じた。顔を上げるとまた一人、仮面の少女が立っている。
「あれ? ♪」
不思議そうに小首を傾げた。前回と同じポニーテールの金髪。間違いなく仮面の少女の片割れだ。でも聞かれた言葉は不可解なものだった。
「? あなた、だぁれ♪?」
「あーちゃん下がって!!」
後から凄い剣幕でキキョウさんが怒鳴った。私が振り返ると同時に、モクレンさんごと、二人で宙に持ち上げられた。
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