第2話 学年の代表者
寮の台所ではエプロン姿の
「まったくあの子たちったら、何でこんなに遅いんだろう?!」
もう夕刻も過ぎて辺りは真っ暗。私もさっきまでキキョウさんと自室に籠って勉強していた(と言うか、教えてあげていた)。球技大会も近かったが、実力考査も近かったのだ。部屋から出て年少の二人がまだ帰っていないことにいささか驚いていた。
「夕飯の時間遅れちゃうじゃん!」
ガタンッと乱暴に鍋に蓋をする。あーちゃんにしてはイラついた態度に正直ビビる。あーちゃんと言えばいつでも恒常的に上機嫌で人当たりが良いイメージだ。ナツメなどはすっかりと騙されているので、私も表面上はだまされたふりをしてあげることにしている。
「でも、『先に三人で食べちゃお!』と言わないのがあーちゃんの偉いところだよねぇ~」
私は柱の影からあーちゃんをそっと見つめていた。振り返ったあーちゃんが飛び上がる。
「うわ! モクレンさんいつの間に」
「うふふ」
「……お腹空いたんだね!」
「うん~」
にっこりと微笑む。でも最近年少の二人も普段、私に負けじと食いまくっていた。いわゆる『育ち盛り』と言うやつだ。ナツメは置いておいて、ボタンはまだ大きくなるつもりなのだろうか?
「じゃあ味見してみる?!」
そういってあーちゃんは再びお玉を取り、フタに手をかけた瞬間、それを取り落とした。
「あーちゃん~!?」
あーちゃんが突然膝から崩れ落ちた。かろうじて私がその華奢な体を受け止める。
「……ナツメが……!」
「ナツメがどうしたの?」
私の問いにあーちゃんが今度はしっかり答えた。
「ナツメが危ない!!」
* * *
キキョウさんとあーちゃんと私は、校舎に向かってひたすら走っていた。あーちゃんはピンクのエプロンをつけたままなものだから、その端がひらひら揺れている(なぜ脱がなかったのか……謎だ)。
「それでナツメは何を呟いてるの?」
キキョウさんは走りながらあーちゃんに問い掛けた。
「分かんない、ただ、私のこと呼んでるみたい!」
あーちゃんがナツメの危機を感じ取ったようだ。ボタンも戻らないし、私たちは校舎に迎えに行くことにしたのだ。バタバタと走る最中、私は校舎側から人が歩いてくるのに気づいた。そうして三人で足を緩めた。その少女は少し驚いたようだった。
「もう、校舎と渡り廊下の入り口閉じちゃったけど」
その少女は、「ほら」と鍵を提示して見せる。神経質そうな、黒髪の眼鏡だった。学年ごとに、代表者が鍵を携帯している。彼女もそうなのであろう。ブラウスの裾の色は三年生の学年
「忘れもの?」
「キンモクセイさん……」
キキョウさんは、その少女を見つめたまま口籠ってしまった。
「私たちの同室のナツメとボタンがまだ帰らないので、探しに来たんです!」
あーちゃんがワタワタと説明する。
「まだ帰ってないの?」
「はい、ちょっと遅すぎるんで!」
「ナツメなら放課後倉庫で見たよ、ボタンってのは知らないけど……」
そう言って、私に鍵を放り寄越した。
「見つけたら早く連れ帰ってそこの鍵閉めといて。返すのは明日でいいから」
「ありがとうございます!」
あーちゃんは直角におじぎをして、再び全力で走り始めた。私は借りた鍵を握り締めて走ろうとしたが、キキョウさんの変な様子に気づいて立ち止まった。
キキョウさんはキンモクセイさんが去って行く後ろ姿をただ黙って見送っている。私はとっさにキキョウさんの右手を掴んで、走るように促した。
「キキョウさん、急いで~」
ドアのところでは一足早く着いたあーちゃんも「はやく!」と一人で騒いでいた。
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