第2話 目当てのビル
自動ドアを抜けて、思わず立ち止まる。入る時はガラスの反射で気づけなかったが、入ってすぐの左壁に、淡いオリーブブラウンのツインテールの女の子が一人、もたれ掛かるように立っていた(少しだけ猫背だ)。
ほ、細い! 小さい……っ!! そして可愛い~……っ!!!
でも子供っぽい可愛さというのではなくて、どこか小悪魔的な……妖艶な空気すら漂っている。高いヒールのゴテゴテしたブーティー、足首の出る黒いパンツに、ベージュのカットソーはとても大人びて見えた。細い首には黒いチョーカーが巻かれている。
背は全然私の方が高いが、服装の感じから年が近いだろうということも分かった。ツインテールは、わんこちゃんみたいにボタっとした、厚みのある結び方だ。口からは細い棒っきれが飛び出している。小さい口の中にチラチラ見える水色、あれ知ってる。
最近コロニーを越えて女子の間で流行っている『コスモキャンディー』だ。舐めているうちに、地球や月、金星のように表面の色と模様が変わり、もちろん味も変わる。『コロニーN』のお菓子メーカーが開発したヒット商品だった。
「……何?」
立ち止まってヂロヂロ見過ぎたのであろう。つり目気味の『ツインテールちゃん』はキッとこちらを睨んできた。いやに美少女に遭遇する日だなぁ、なんて思いつつ。私は両腕を上げて謝罪する。
「ご、ごめん。私もその飴結構好きで」
「あー……まぁそこそこ美味しいよな。綺麗だし」
ちゅぽん! と彼女の薄くピンク色の唇から飴が離される。それはちょうど地球の色合いをしていた。あの色の時は『ライムソーダ味』だ。私の喉が思い出して音を鳴らす。すると、ルビーみたいな紅い瞳がこちらをじっとり睨んだ。
「あげないぞ、流石に……」
ツインテールちゃんが呆れたようにまた飴を口に放り込んだところで、『ピンポンパンポーン』っとビルの中で放送が鳴り響いた。美しい女性の声で『715番の方、準備が整いましたので入室ください』と告げている。少女は後ろポケットから白い紙を取り出すと首をコキリと鳴らした。
「おっと、私だ」
ツインテールちゃんは、ひょいっと身軽に壁から離れると、すぐ脇のエレベーターに乗り込む。私も思わずそこへ身体を滑り込ませた。少女は「はっ」とわずかに笑っただけで、別段驚かなかったようだ。ただ、今度はツインテールちゃんの方が凛とした瞳で、じっとこちらを射抜いてくる。
「何?」
「……別に」
私がおずおずと尋ねると、ツインテールちゃんはそっぽを向いてしまった。これはあれじゃないか、『ツン』ってやつだ、今のところ『デレ』が見えない。
私は耐えられなくなって吹き出して笑った。するとツインテールちゃんは猫みたいに、毛を逆立ててカッカっとその場で飛び上がった。
「な……に笑ってんだよぉーう……っ!」
「だって何だか可笑しくて……」
二人でワイワイと目当ての階(二十階)に到着すると、赤とベージュの世界が私たちを待ち受けていた。廊下には赤が基調の絨毯が敷かれており、壁はビルの一階とは違い、暖かい色が使われている。廊下を少し進んだ部屋の前に、金色の装飾の赤い長椅子が置いてある。
そこにふわふわ髪のボブカットの女の子が一人、ちょこんと座っていた。こちらに顔を向けると、嬉しそうに笑顔になる。パステルピンクのレーストップスに、黒い台形スカートを合わせて履いていて、私たち二人より大人っぽく見えた(高校生くらいかも知れない)。
「あ、戻って来たぁ」
「呼ばれたからね」
「うふふ、もう一人さんは初めまして」
「じゃ、私は
ツインテールちゃんは長椅子を通り過ぎると、部屋の前に立った。両開きのドアの片方に小さい手をかけて手前に開く。中にはまたドアが見える。だから、ツインテールちゃんがするりとその中に入り込むと、手前のドアが閉まってしまって、その奥の部屋は覗けなかった。
「うふふふ、中の扉は『何か』を認証にしてるみたいでね。順番に呼ばれないと入れないらしいの」
「あ、の。番号って事前に配られました?」
私はおずおずと目の前の優しそうな少女に聞く。『ボブカットさん』は、私より少しだけ短い髪の長さで、わずかにウェーブしてふわふわと揺れていた。
桃色寄りの茶髪で、薄ピンク色の前髪はおでこを出すように後ろに撫でつけられている。瞳はアメジストみたいな淡い紫色をしていた。……そして、小柄だが出るとこ出ている……ナイスバディ。
ツインテールちゃんとは反対に、ボブカットさんは見事な『たれ目』だった。優しそうに微笑まれて、何だかぶわっと体温が上がる。私は年上の女性に昔からからきし弱かった……。何だか、花のような良い匂いまでしてきて、緊張してきてしまう。
「番号はね。『
「『残留思念』?」
「あの人に選ばれたなら、あなたも大丈夫。分かるはずよ」
カサカサと黒セーラーのポケットから『タケさん』がくれたメモを取り出す。この建物の簡単な地図が乱暴に書かれている。目の前でそれを見つめたボブカットさんは、指先でそれを裏返すように促した。
私が素直にそうすると、ボブカットさんは私の手の上からそっと指先を乗せてにっこり笑った。それと同時にまた『ピンポンパン♪』と放送が響き渡る。
『724番の方、準備が整いましたので入室ください』
「はいは~い私。じゃあ、中でね」
ボブカットさんはそう言って、ツインテールちゃんと同じようにして部屋にゆっくり入って行く。ただ、一度肩越しに振り返ってウィンクしてくれた。凄い、チャーミングだ(でも互いに名前は名乗らなかった)。
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