フリとフラ ~フッた彼女とフラれたぼく~
南川 佐久
第1話 佐藤さんと田中くん
田中くんはある日、大好きだった佐藤さんに告白をしました。
もうすぐ高校2年生の夏休みだからです。
来年は受験があるのでたくさんは遊べませんから、その前に佐藤さんとの思い出がたくさん欲しかったのです。
胸の音が、どきどきとしていました。
放課後の屋上は誰もいなくて、ふたりの息をする音しか聞こえません。
あたたかい風に控えめな茶髪をなびかせる佐藤さんは、おずおずとした上目遣いで田中くんを見つめています。
口元がぱくぱく、何かを言いたげに。
時間が止まっているのかと思いました。
佐藤さんは顔を真っ赤にしてずーっと黙っていましたが、ようやく口を開きました。
「ごめんなさい」
田中くんは思いました「ああ、もう終わりだ」と。
「こちらこそ、ごめんね」
田中くんは謝りました。
そして、「聞いてくれてありがとう、それだけで嬉しかったよ」と言って、その場を去りました。
佐藤さんはその背中に、なんと言ったらいいのかわかりません。
その日の夜、田中くんは泣きました。
隣の部屋のお姉さんに聞かれないように、こっそりこっそり泣きました。
男の子なのに泣くなんて、弱虫でしょうか?
でも、それくらい、田中くんは佐藤さんが好きでした。
◇
明くる日。田中くんは佐藤さんに呼び出しを受けました。
これじゃあ昨日と反対です。
昨日は田中くんが佐藤さんを呼び出したのですから。
放課後、屋上に来た田中くんに、佐藤さんは言いました。
「ごめんなさい」
昨日と同じ台詞です。田中くんには意味がわかりません。
どうしてだろう? ごめんねに続く理由を教えてくれるのかな?
もう終わったと思っていた田中くんにとって、理由はどうでもいいものでした。
でも、なんとなく気になってたずねます。
「どうしてあやまるの?」
佐藤さんは言いました。
「私はね、田中くんがきらいなわけじゃなかったの」
まったく、意味がわかりません。
「じゃあ、どうしてキミはぼくをフッたの?」
「それはね……」
佐藤さんは言いました。
瞳には、涙がゆらゆらとたまっています。
「あなたの好意に向き合うのがこわかったの」
なんだそれは。
田中くんは呆れました。
「そんな弱虫な理由でぼくをフッたのか?」
佐藤さんはうつむいたまま、なにも答えません。
ぽろぽろと、そらのおとしもののような粒がこぼれます。
田中くんは再び呆れました。
今度は佐藤さんでなく、自分に呆れたのです。
だって、田中くんはそんな泣き虫な佐藤さんも好きだったから。
「どうしようもない人だ」
だからこそ、守ってあげたいくらいに好きでした。
「ごめんなさい」
あやまることしかできない佐藤さん。
そんなどうしようもない彼女が、どうしようもなく愛しいと思いました。
この気持ちこそ、もうどうしようもないのです。
田中くんははあ、とため息をついてたずねました。
「佐藤さん、キミはぼくをどうしたいの?」
佐藤さんはただ、答えました。
「私はね、田中くんに嫌われたくない」
なんだそれは。
まるで、宙ぶらりんのブランコに乗っている気持ちでした。
前に、後ろに、行ったりきたり。
誰かが手を伸ばさないかぎり、止まることがないのです。
田中くんはもう一度言いました。
「どうしようもない人だ」
そして、もう一度言いました。
「でも、どうしようもなく好きだ」
田中くんは、その手でブランコを止めたのです。
二回目の告白に、佐藤さんは言いました。
「ごめんなさい。こんな私でごめんなさい」
そして、もう一度言いました。
「こんな私でよければ、付き合ってください」
まっすぐな気持ちに向き合うことがこわかった佐藤さんは、ずっと宙ぶらりんのブランコに乗っていました。
その背中を押して、かえってきたブランコを止めたのは、田中くんだったのです。
フリとフラ ~フッた彼女とフラれたぼく~ 南川 佐久 @saku-higashinimori
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