第22話 報告会
「マーガレットさん大丈夫かなぁ」
「大丈夫だろ、あれだけ皆で頑張ってイメチェンしたんだから」
「ご家族に見せた時は好評だったって言ってたけど、他の貴族の目にどう映るかは分からないよね。やりすぎたかな」
「タケにやりすぎたって気持ちが少しでもあって良かったよ」
裏庭の花に水をやりながらケンと話す。ソルさんは雑草を抜いてくれている。ケンはドレスの材料を集めている時に、楽器にできそうな素材を見つけたそうでギターのようなベースのようなウクレレのようなミニチュア楽器を楽しそうに弾いている。弦の数や太さで変わるらしいけど、私には見分けがつかない。完成品に似たようなものもあるらしいけど高くて買えなかった。だから子供たちに材料を探させ、マーガレットさんに材料費を出してもらい、子供たちに創らせた。言葉だけで意のままに人を操るのは生まれ持っての才能だろうか。
「タケ様、珍しい種類の薬草が生えています」
「へぇ!どんな効果があるの?」
「今までの物とは違った毒消し草かと」
「そういえば王族には色んな種類の毒が盛られるらしいからね。こういう場所でも毒消し草を育てて自給自足してるのかな。孤児院の子供たちも庭でこういうの育てて納めたらいいのに」
「多く納めても寄付額に変化はないと聞きました」
「そうだった……世知辛いね」
庭の手入れが終わったので、三人でお茶をする。この時間になると騎士さんがこっそりお菓子を差し入れに来てくれたりする。最近は騎士さんを通して調理人さんからの差し入れもあったりする。ハーブティーだけを啜りながら三人で目を見合わせる。三人ともお菓子待ちの顔をしていた。
「タケ様、おられますか?お菓子を持ってきましたよ」
「よし来たっ」
この声はヨハネスさんだ。勢いよくドアまで向かい扉を開けようとすると、私の横から褐色の肌をした手がにゅっと出てきて扉を開けた。ソルさん、ちゃんとお菓子分けてあげるから。
「今日は珍しいものが手に入りました。それとご報告がありますのでご一緒しても宜しいでしょうか?」
「どうぞどうぞ!ソルさんお茶お願いね!今日はなにかなぁ」
改めて四人でダイニングテーブルを囲いお茶をすする。騎士のヨハネスさんから受け取った白い包みをワクワクしながら開けてみると、そこには日本で見慣れたものがあった。
「チョコレートだっ!」
「おお、チョコだ!この世界にもあったんだな」
「ご存知でしたか。こちらは南方より取り寄せた希少な菓子らしいのですが、聖女様へお出ししたところ色が黒く不気味だということで召し上がらなかったようです」
「おいしいのに!食べていいかな?!」
「ええ、色を気になされないようでしたらどうぞ」
小さな黒い塊を指先でつまんで口に放り込む。懐かしい味が口いっぱいに広がった。
ビターな風味だったけど、普段からカカオ成分が高いのを食べてたからちょうど良い。微笑みが漏れてしまう。美味しいと笑ってしまうよね。ケンも懐かしそうに微笑みながら食べていた。ソルさんがその色に迷っているみたいだったので私が指でつまんで口元に持っていき、少し開いた口に放り込む。
「舌で溶かすように食べてね」
「にがい……」
「もっと甘いのもあるんだけどね、苦いほうが中身が濃いし、これも慣れればなかなか美味しいよ」
「その良さが分からないとは、お子様なソルには早すぎたかな」
いやソルさんのほうが年上だからね。ソルさんがお子様ならケンは幼児じゃないか。騎士のヨハネスさんが食べさせてほしそうにこちらを見ているが無視だ。シスターに食べさせてもらいなさい。
「それで報告なのですが、ブランドン伯爵家のその後についてです」
「ぶらんどん…?誰だっけ?」
「孤児に毒食べさせた悪ガキの家だろ?」
そういえばそんな事もあった。あの時は超絶腹がたったけど、その場で治療できたしヨハネスさんとアレックスさんが報告してくれるって言ってたから任せてそのまま忘れてた。人の怒りのピークは六秒で、持続時間は二時間ってテレビで見たなぁ。私の物覚えが悪いわけではないはず。
「そうです。その悪餓鬼の家です。城へ報告した後、ブランドン家には予想通り指導が入りました。そして指導されたブランドン家は、事実をそのままにしておくと悪評が立ち、家にとって良くないとして別の筋書きを用意しました」
その筋書きとは、本来毒を食べるのは当主である伯爵であったと。屋敷で雇っている料理人が何らかのきっかけで当主に恨みを抱き、毒入り菓子を作成。直接食べさせることが難しいと判断したため、当主の息子のライアスをたぶらかして毒入り菓子を渡した。渡す時には、体に良い薬草が練りこんであり、当主の体を気遣って作ったと嘘をついた。ライアスは毒入りとは知らず体に良いものと思ったため、孤児院で体の弱そうな子供たちに分け与えた、というもの。
ライアスはあと一歩で当主殺害に加担するところであったとされ、軽率な行動が問題視されたため、屋敷の奥に幽閉されることになった。今は次男が次期当主としての教育を施されており、家を継ぐのは次男になると目されている。
父親は教育方法に問題があったとされ注意を受けただけになったが、貴族の噂は広まるのが早く肩身が狭い思いをしていると。いくら都合の良いように筋書きを練っても人の口に戸はたてられない。当主と夫人が夜会や茶会に出席するたびに「毒など入っておりませんので」と言われるようになったらしい。
「なら実質お咎めなしじゃないのか?嫌味を言われるだけなんだろ?」
「厳密な罰は下ってはおりませんが、貴族の噂というのは怖いものです。この先ブランドン家はずっと毒入り伯爵と呼ばれるようになるでしょう。それに、良い事もありました」
良い事とは、他貴族のことだった。このブランドン家の毒殺未遂事件を受けて、子の教育に力を入れる家が増えたとのこと。弱小貴族は同じ事が起きたとすれば、今回のように表面上でも体裁を保つことができない場合がある。そもすると教育を怠った息子のせいで家が没落することになりかねない。他貴族もどこまで真相を知っているかは分からないが、明日は我が身と教育に力を入れだしたという。
「社会の為になったのならまあいいかなぁ?孤児院の子供たちに逆恨みしたりとかはしないの?」
「しばらくは孤児院に監視がつくでしょうし、今孤児院に何かを仕掛けて露見すればブランドン家は確実に没落するでしょう。他の貴族も監視が付くと予想はするでしょうから下手な動きはしないかと。それと、この事件をきっかけにもう一つ良い事がありました」
「もうひとつ?」
もう一つの良い事とは、孤児院の経営資金についての事。知らない人から受け取ったものを疑いもせずに口に入れる程お腹を空かせているのかと第一王子が呟いたところ、孤児院の資金繰りについて調査が入った。私たちが毎週お城から貰っていたお小遣いの使い道も怪しいとの事で調査が入り、使い道が孤児院であるとバレた。
そして人数に対して寄付金が少なすぎることが露呈し、さらに調べたところ寄付金の管理や孤児院の視察をしている人たちの横領が発覚した。元々は神父の横領を防ぐために作られた規律のはずが、それを管理する側の人間が横領していたのだ。
「おかしいと思ったんだよね!だってあんなにお金がないの、いじめとしか思えないもん!」
「俺らの使った金で不正がバレるんなら、もっと使っとけば良かったな」
「我々も目の前に飢えた子供がいるのに、規則ばかり気にしておりました。反省しております」
「そしたら、子供たちはこれからたくさん食べられるようになるの?私たちは訪問する必要なくなるかな?」
「たくさんかどうかは分かりかねますが、タケ様のご希望通り少しふっくらさせることは出来るでしょう。それとタケ様の慰問は子供たちが心待ちにしております。どうかこれからも続けてください」
「そうだな、俺のこのベースの音色を聞かせてやらんとな」
「それベースだったの?」
騎士さんからは良い報告を二つも聞くことができた。私とケンがこの世界に来た意味は少しはあったのかな。この世界のすべての問題を解決することはできないだろうけど、私たちの手の届く範囲にいる人達だけでも救えればいいな。
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