第17話 マーガレット
「婚約の事で不安がありまして、こちらに一人でお邪魔するようになりました。子供たちはわたくしの話すことを楽しそうに聞いてくれますし、わたくしの立場なども知らないので親しく接してくれます。こういった時に友人がいればまた違ったのでしょうけれど……」
「それで子供たちに癒してもらいに頻繁にここに来てるのか?」
「ええ、他に行く場所もありませんでして。わたくし自身の心の平穏の為に子供たちの無邪気さを利用しているようで、心苦しいのですが……」
ケンが問うとマーガレットさんは寂しそうに笑う。けど幼児たちがまとわりついているのを見ると利用しているだけには見えない。綺麗なドレスにベタベタ触るんじゃないよ、私がハラハラしちゃうじゃないか。
「婚約の不安って何ですか?その婚約者ってのがすっごいヤなやつとか?貴族ってことを鼻にかけて偉そうにしてるとか?それかDVとかしそうなタイプですか?マーガレットさんなら容姿にこだわったりしなそうですよね。何が不安なんですか?」
「おい自重しろ」
「え……聞いてくださるのですか?」
「好物です」
「おい」
マーガレットさんによると、婚約者の男ダニエルは侯爵家を継ぐことが決まっている嫡男で、金髪碧眼のイケメンで体格も良く、なぜこの年まで婚約者が決まっていなかったのかと周りが思うほどの優良物件だそうな。性格も少し優柔不断ではあるが優しく、マーガレットさんのご家族は全員が賛成し婚約の契約書にサインしたらしい。
しかし婚約が決まった後に王宮で開かれたお茶会にダニエルさんが呼ばれ参加すると、その容姿が聖女様の目にとまってしまった。さすが聖女様、お目が高い。聖女様付きの騎士になるよう勧誘されたが、家督を継ぐためと言って一度は断った。聖女様は諦めない。何度も勧誘を受け、優柔不断な婚約者ダニエルは気持ちが揺らいでいるという。ダニエルさんの家族も家督は幼い次男に継がせてダニエルさんを聖女様付き騎士に送り出したほうが良いと思い始めていると。
「それで何を不安に思っているんですか?騎士の奥様より侯爵家の奥様のほうが良かったとかですか?私にはどっちがいいかは分かりませんけど」
「聖女様の騎士になることが決まれば、わたくしとの婚約は白紙に戻されるでしょう」
「なんで?未婚じゃないと騎士になれないとかないよね?」
「姉が社交界で聞いた噂話によりますと、今まで何人もの男性が聖女様から騎士に勧誘されたそうなのです。しかしその話をお受けすると毎回その後の夜会などで、男性側から婚約者の女性へ婚約破棄や白紙撤回が突き付けられるそうなのです。すでに婚姻されている男性からは離縁を迫られると聞きました」
「意味が分からん。なら聖女の近くにいたあの騎士たちは全員独身なのか?何のために?聖女の自己満足のために思えてくるな」
「舞踏会でそれをするのもわかんないよね。普通に両家揃って話し合って、他の人が居ないところでサインするなりしたらいいじゃん」
私とケンが怒っていると、それまで黙って聞いていた騎士さんたちが会話に入ってきた。この騎士さんたちお城の人なのに存在忘れてて聖女様の悪口言っちゃったかも。
「確かに同僚から聞いた話によりますと、聖女様付きの騎士たちはどこからか引き抜かれてきた美男子ばかりで、皆が独身だといいます」
「私たちは長年城で騎士として仕えているのにそれを追い越される形で、剣を振るった事もないような若く見目の優れた者ばかりが聖女様付きに任命されています」
「あなた方は王城の騎士様とそのご関係者だったのですか?!わたくし、そうとは知らず大変失礼なことを……!」
「いやいい。それよりその話詳しく聞かせてくれ。ダニエルが騎士になると、夜会でマーガレットが婚約破棄されるのか?その前にマーガレットから破棄なり白紙にすることはできないのか?」
震えていたマーガレットさんはケンの問いかけに、迷っていたようだが答えてくれた。
「わたくしの家は子爵ですので、格上の侯爵家へ婚約の撤回を求めることはできないのです。姉の話を聞いて両親も悩んでおりますがどうすることもできず、ダニエル様が騎士になられない事と、もしなられたとしても婚約が継続される事を女神様に祈るばかりなのです」
「でもその可能性は少ないんだろ?破棄されたとしたらマーガレットはどうなる?」
「内密に白紙撤回が出来るのでしたらまた違う婚約者を探す事が出来るかもしれません。しかし夜会や舞踏会という大勢の貴族の方々がおられる場所で、大々的に破棄を言い渡されると聞いております。そうなると噂話は広まるのがとても速いらしく、どこの家もその女性を避けるそうですわ。姉の友人はそのようにして修道院へ自ら入ったと聞いております」
結局のところ破棄されたマーガレットさんに残された道は、一生独身で過ごすか、そんな彼女でもいいと言ってくれる変わり者や年老いた男性の後妻に納まるしかないという。教会で女神様にお祈りし、孤児たちに癒される事しかできないのだとか。
「なんのはなし」「おなかすいた」「どれすきれいね」「もっかいうたって」
だからドレスをベタベタさわらないの。マーガレットさんは気にしてないけど私が気にする。騎士さんが子供を引きはがしてもキリがない。
「まあ、そういえばお菓子をお持ちしていたのです。みなさんにお渡しするのを忘れておりましたわ。持ってまいりますのでお待ちくださいね」
そう言うとマーガレットさんは入口の扉から出て行き、メイドっぽい女の人を従えて戻ってきた。メイドさんの手には大きなハンカチにぎっしりと包まれたクッキーらしきものが乗っていた。包みは二つある。
「ケン様からご提案頂いた食事を寄付することについて父に聞きましたところ、お菓子などを少量であれば問題ないと言われましたので。少量に見えるようにハンカチで隠してみたのですが…少し詰めすぎてしまいました」
上品に微笑むマーガレットさんと、それを嬉しそうに見つめる優しそうなメイドさん。マーガレットさんが大切にされているのが分かる。クッキーの包まれているハンカチを見ると、先ほどアリアという女の子が返してくれた私のハンカチに刺してある刺繍とデザインが同じように見えた。そういえばマーガレットさんから貰ったのを真似したとか言ってたような。自分の百円ハンカチを取り出して比べてみると、やはり同じデザインだった。家紋のような小さなマークは転写されていなかったが、それ以外はコピーしたように同じ。すごい才能だな。能力者か?
「まあ、その刺繍はわたくしのものと同じように見えますが、どうなされたのですか?」
「ここの女の子にハンカチ貸したら刺してくれたんです。マーガレットさんから貰ったハンカチの真似をしたって言ってましたが、そっくりですね」
「この模様はわたくしが考えたのですわよ。それを真似していただけるなんて、なんて光栄な事なのかしら」
「真似されたって怒らないんですか?」
「どうしてですの?その子はこの刺繍の模様が良いと思ったからこそ、同じように刺して下さったのですよね。とても喜ばしいことですわ」
「それより早く配ってもらわないと俺の頭が涎まみれになる」
辺りを見ると部屋中の子供たちが私たちの背後に押し寄せていて、ケンや騎士さんによじ登っている子もいた。ケンの頭にしがみついている子が涎を垂らしている。初めて訪問した時のあの暗い表情は今はどこにもなくなっていた。
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