第8話 初めての街

「本日も晴天なり!外出日和!体調も絶好調!ケン早く起きて!」

「遠足の前の日は眠れないとかそういうのないのか?俺が横に居ても全く気にせず寝るよな」

「どこでも眠れるのが私の特技です!」


今日までの三日間、体力を蓄えておいた。昼寝もばっちりした。夕方までしか街に行けないけど、一日かけて思いっきり堪能しよう。キングサイズベッドに座って、持って行く物をベッドに並べていく。


「貰ったお金に支給品のウエストポーチでしょ、簡易の地図とハンカチと、スマホも持っていこう!」

「えっスマホ持ってんの?!見せて!」


私がパスワードを入力し、画面を見せるとケンが体と顔を寄せて画面を覗き込んできた。艶のある黒髪が私の顔にかかる。あんまり近寄らないでほしい。人生でイケメンとこんなに近づいたことない。ドキドキしてしまうではないか。


「へぇ、充電マークがフルになってるけどずっとこうなってんの?アプリとかネット使える?」

「充電はなぜか減らないんだよね。ネットは使えなくて、アプリは興味なかったからあんまり入ってない」

「そしたら何ができるんだ?」

「メモ機能とかアラームとか、あとカメラとかかな」

「ただの板じゃね?」

「ダウンロードしてある音楽が聴けるけどディスってくる人には聴かせてあげない」

「ごめんなさい俺が悪かったです聴かせてくださいお願いします」


ケンがベッドの上で土下座している。仕方がないから一曲だけ再生してあげよう。スマホに入っているのは病床の母に聴かせていた曲なので古い曲とかクラシックが多い。ちょっとオタクっぽいのもあるけどそれは隠しておこう。


再生ボタンを押すと、聞きなれたメロディが流れ出す。気づけば私の体の反対側にソルさんがぴったりくっついて不思議そうに画面を覗き込んでいる。だからゼロ距離イケメンはドキドキすると言っているではないか。普通に寝室に入るし普通にベッドに座るよね、ソルさん。


「……なんでどんぐりがコロコロしてるんだ?」

「だってお母さんがどんな曲が好きか分からなかったんだもん」

「それにしても古すぎだろう、母さんはこれ聴いて喜んだのか?」

「いや脳死だし反応ないよね」

「あ、あー……そうか、すまん」


ケンは気まずそうにしてるが、私はもう寝てるだけの母に慣れたし、母の話をしたら私の周りの人は皆同じような反応をするからそれにも慣れた。人生は慣れだ。


一曲再生が終わったところで、荷物をまとめて朝ごはんを食べていると、外出担当の騎士さんが二人訪ねてきた。ああぁこの騎士さん達は、かなり距離が近くていつもソルさんに睨まれてる人達だ。腕は確かなのか?街を歩くという事でなのか、普段の鎧ではなく私たちと同じような格好をしていた。


「タケ殿ケン殿、おはようございます。本日の護衛を務めるヨハネスとアレックスです。街を案内する役を奪うのに苦労しました。騎士達の中で争奪戦だったのですよ」

「希望者が多く、勝ち抜き戦をして勝利したのが我々です。必ずお守りしてみせましょう」

「おはよう。勝ち抜き戦見たかったなぁ。今日はよろしくね!」


強い人たちで良かった。今日一日守ってもらうんだから、少しくらい距離が近くても我慢しよう。どうして好みではない人から好かれてしまうんだろう。どうして好きな人に愛されないんだろう。守ってもらう為にも私が表面上は親し気に彼らに挨拶しているというのに、ケンとソルさんは怖い顔で黙って見守っている。ソルさん、帰ってきてから彼らの事処分しちゃわないでね。


街に出るまでに、お城の塀の中とか堀とかを歩くと20分くらいかかるらしく少し離れた場所に馬車が用意されていた。初めての馬車にテンションが上がる。しかし走り出してすぐテンションは急激に下がった。


「おしりいたい」

「俺も痛い。我慢しろ」

「四つに割れそう」

「貴族だってこれで我慢してんだ」

「ご令嬢のおしりも割れてる」

「興奮するからやめろ」


帰りもこれかと思うと涙が出てきた。ケンと騎士さんの様子を見てみると、空気椅子をして耐えていた。ケンめ、筋肉もあるとはどれだけハイスペなんだ。昨日から楽しみにしていたケンのダサ男計画だったが、届いた服は平民ぽいシンプルな上下でサイズも合っていてそれをちゃんと着こなしていて、全くダサくなってなかった。私にも同じようなシンプルな長いワンピースが届いたが、着ると芋っぽくなった。違いは何だ。



しばらく走ると外から賑やかな声が聞こえてくるようになり、お肉が焼けるいい匂いがしだした。そしてゆっくり馬車が止まった。


「タケ殿到着しました。まずは街の中を一通りご案内しましょう」


騎士さんが馬車を降りるときに手を貸してくれる。必要ないほど握りしめてくるが、離すと落ちかねないので仕方がない。ケンは放置され一人で降りていた。伝染病の事まだ気にしてるっぽい。うつらないのに。



街には人がたくさんいて、金髪や茶髪の人が多い。服装は私たちと同じような簡素な服の人ばかりだった。石畳で広く作られた大通りに、たくさんのお店がひしめき合っている。建物の壁は白く塗られ、屋根は赤や明るい茶色でテレビで以前見たどこかの外国の風景を思い出した。歩く人たちも合わせて見てみると、まさに異世界。


案内されるままお店に入り、アクセサリー、ドレス、宝石、家具などを見る。たくさんのお店の中でもお高そうなお店を案内してくれているようだった。次のお店に案内される途中、ケンが一軒のお店の前で足を止めた。つられて立ち止まると、建物の外に露店のように机が並べられて瓶に入ったものが売っているお店だった。


「なにそれ?粉?あ、液体もある」

「これって香辛料じゃないか?あ、お姉さん。これは料理に使うものですか?」


お姉さんと呼びかけられたおばさんは嬉しそうにケンに答える。


「料理に使えるし、薬にもなるという材料だよ。珍しいからって主人が仕入れたんだけどアタシも使ったことがなくてね。使い方を説明できないから売れないんだよ。買ってくれるかい?」

「ふたを開けて香りを確かめてもいいですか?」

「いいよいいよ。でも食べちゃダメだよ」


私と騎士さんとおばさんが見守る中、ケンは端から順番に匂いを嗅ぎだした。嗅ぎ終わった瓶のいくつかは手元へ寄せているので買う気なのだろう。


「タケ、これ嗅いでみろ」

「ん?えっ?これ!ニンニク?!涎出た……」

「他にも匂いで分かるのはシナモン、ミント、醤油、生姜とかがある」

「全部買おう!!」


「タケ殿、そこに分けてある瓶全てを買うと支給された硬貨がなくなりますが」

「お昼ごはんの分だけ残したらいいかな?」

「いえ、食事の許可は出ておりませんので昼食はこちらで用意したものを召し上がって頂きます」

「それは残念。でも全額これにつぎ込んでいいって事だよね!」


さっき嗅いだ懐かしいニンニクの香り。いつもの肉野菜スープに入れてみるときっと味が変わる。生姜もあるって言ってたから、生姜入れてみたり、醤油ニンニクにしてみたり、何度も楽しめる。宝石やらドレスやら見た時よりも今が一番テンション上がってる。ケンも嬉しそうにしてる。騎士さんとおばさんは戸惑っているけど。


お城から運ばれるスープは塩コショウの味付けばかりだったので、この世界では他の香辛料とか調味料をあまり使わないのかもしれない。薬にもなるって言ってたから、料理に使うイメージが湧かないのかな。



瓶を大量に購入したので重くなってしまい、歩くだけでガチャガチャなるので馬車へ戻ることになった。ついでに馬車の中で騎士さんたちも含めて四人で昼食をとる。


「おお、サンドイッチだ!パンとスープ以外の物はじめて見た!」

「サンドイッチって伯爵の名前じゃなかったか?こっちでも名称は同じなのか?」

「こちらの食事はパニーニと呼ばれていますね。果物もありますので頂きましょう」

「パニーニのほうがオシャレな気がする!」


もぐもぐと四人でパニーニをむさぼる。こっちで初めて食べるレタスのようなシャキシャキしたものとハムと見たことのない野菜が入っていた。このハムとかいつものスープに入っている肉は何の肉なんだろうか。できれば牛とか豚でありますように。


「それで金がなくなったわけだが、昼からどうすんだ?もう帰るのか?」

「そうだ!状態異常の人がいる所に行きたいんだった!ヨハネスさん、そういう場所あります?」

「でしたら治療院か…孤児院ですかね。孤児院にはお望みのような状態異常の子は居ないかもしれませんが、体の弱い子が多いはずですので」

「孤児院か!ファンタジーの定番じゃないか。教会に併設してあってシスターとかがいるんだろ?」

「え、ええ。教会の敷地内にありますが、ふぁんたじーとは……?」


ようやくこの能力の全貌が明らかになる。使えるかは分からないけど。しびれてたり麻痺してたりする子いないかな。いたらその治療院ってのに既に運ばれてるか。シモンさんみたいに水晶持ってないと発動しませんとかじゃありませんように。

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