第7話 彼の能力

「ケンは絶対音感なんてヘンテコ能力だった割に落ち着いてるね」

「ヘンテコ言うな。同じ日本人のタケが能力使わずにここで一ヶ月も暮らしてるっていうから能力って特に必要ないのかなって。持たない人が多いんだろ?」

「なるほどねぇ。私のおかげだったのか」


「そんなことより元の世界に戻ることってできるのか?」

「それを毎日調べてるの。今のところはできないらしくて何とか方法を見つけようと書物室の文献読み漁ってるんだけど簡単にはいかないよね。元の世界に戻ってどうするかって言われても、特にやりたいこともないけど。でも目標を持って動かないと、この知らない世界では不安に押しつぶされそうになるしとりあえずの目標を定めて、毎日必死で調べてるって感じかな」


「思ったよりしっかりしてんな」

「バンドやってるようなチャラい人とは違うのですよ」

「俺は歌が好きだからバンドやってるだけで、チャラくない。楽器だって渋めのベースをやってる。平成を代表するベーシストと呼ばれるように、俺はなる!!」

「平成って、何でそんな古い話してんの?過去の人になりたいってこと?」


「……え?」

「今も活動してるなら、せめて令和のベーシストを目指せばいいのに」

「…どういうことだ?レイワって何だ?…………お前はいつから来た?」


「令和って平成の次の元号でしょ?頭が悪くてもそれくらい知ってるよ」

「平成は終わるのか?!いつ?!……俺は平成28年から来てるぞ」

「えっ?!」


二人で顔を見合わせる。シモンさんは世界や時代や人を選べないと言っていた。もしかして。


「平成は31年で終わって、令和が始まる。私は令和2年から来た」

「なんてこった!タケは未来人なのか?なんか儲かる話とかないのか?!」

「いやいや、ケンが過去にいるだけだし。儲かる話とかは還る方法が見つかってから考えたら?」


「そうか、もしもその帰る方法ってのが分かったとして、二人はそれぞれ元の時代へ帰れるのか?それともどちらかの日付に帰るのか?タイムパラドックスが起きないか?」

「難しいこと分からない」


それからケンは急に黙りこくって考え出した。

異なる時代から来た人がそれぞれ別の場所へ正しく還ることは可能なのだろうか。召喚された時に大理石の床に描かれていた線。あの時は線に見えたけれど、文献によるとびっしりと文字が書かれていたようだった。みっちりと文字が書いてあり一本の太い線のように見え、しかもそれが複雑な魔法陣の形になっていた。シモンさんによれば数人がかりで何週間もかけて描いたらしい。ケンが召喚された時には、その文字の間のわずかな空白に新たに文字を書き入れることで男性を指定できたようだった。


だとすると、あの魔法陣の文字を少し変えて日時を指定してみると元の世界の元の時間へ戻れる?しかし膨大な文字の中からそれを見つけ出さなければならないし、魔法陣を改良するだけで良いかどうかも分からない。失敗して魔法陣が作動しなければそれはそれでいいが、もし全く違う世界に飛ばされることになったら次こそは命がないだろう。




翌日の昼過ぎにシモンさんが家に来た。目が血走って目の下にクマが出来ていて怖い。昨日言ってた魔術の後発性とやらを徹夜で考えていたんじゃなかろうか。ハーブティーを淹れて、騎士さんからもらった焼き菓子を置くと、ソルさんが私の横に立った。仕方ない、五個しかないけど二個あげようではないか。


「シモンさん寝てないんじゃない?大丈夫?」

「これくらい何ともないわい。新しい可能性を追及するのはいくつになっても楽しいものじゃ。研究所の皆も盛り上がっておってな。しばらく全員が徹夜すると言っておった。もしかするとワシもこの年になって新たに能力に目覚めるかもしれんと思ったら捗っての」

「そうか、二つ目があるかもしれないんだ」

「じいさんの持ってるスキルは何なんだ?」


シモンさんのことをじいさん呼びである。肘でわき腹をついてやると、シモンじいさんと呼びなおした。じいさんは標準装備らしい。


「ワシの能力は鑑定である。ほれ、水晶で能力視てたアレじゃ」

「へぇーあれってシモンさんの能力だったんだ!すごいねぇ」

「相手の能力しか視えんがの。しかし後発的に追加されるとしたら、視えるものが増えるかもしれんな!」

「なるほどな。だから興奮してんのか。そういえば絶対音感スキルの事で話しておきたいんだけどさ。」

「何か分かったのかの?」


絶対音感のこと忘れてた。生活の役に立ちそうになかったから、頭の端っこのほうに追いやってた。


「召喚されて魔法陣の上に立った時から妙な感覚があってさ。イメージとしては人が話す言葉がメロディとして頭の中に流れるんだけど、聞いてて心地よいメロディと不快に思うメロディがあるんだ。」

「不快?音が外れてるってこと?」

「そうではなくて、感覚的なものだから表現しにくいけど何となく違和感があるというか」

「へぇ、今はどう?」

「今は心地よい。あの聖女とやらが話す言葉は不快だった。それで、自分なりに分析してみたところ相手が嘘をついてたり悪意があったりすると不快に思うようだ」


「何それ絶対音感ってそういうやつだっけ?」

「まだ一日しか経ってないから分からんが、分類が大雑把なんじゃないのか?」


私は一ヵ月かかって何もできてなくて何も分かっていないというのに、ケンはたった一日でここまで分かったのか。何という優等生なんだ。悔しくなんてない。


「その予想が正解じゃとすると、王族がケン殿を放ってはおかんだろうな。周りが敵ばかりでいつ暗殺されるかもしれん王族はケン殿を手元に置きたがるに違いない」

「俺、王族とかめんどいんだけど」

「ならば伏せておくことをお勧めする。タケとの生活に飽きたら言っとくれ」

「失礼ね。じゃあ、とりあえずは楽器の音が外れてたら分かる微妙な能力って事にしない?」

「今までにない能力だからごまかせるじゃろう。そのように報告をあげよう。この事は外部に漏らさんように。ソルもな」


シモンさんがそう言ってソルさんをみると、口元に焼き菓子の欠片がついていた。かわいい。いや違う、27歳で年上だった。年上のイケメンだった。お菓子食べてちょっと嬉しそうな顔してる。やっぱりかわいい。


「ソル、タケに襲撃はあったか?」

「今週は三度」

「えええっ?襲撃あったの?!ってか襲撃ってなに?」

「勇者召喚に反対する者、どこぞの貴族、はたまたただの嫌がらせかは分からんが、タケを処分したがっている者がおるらしい」

「それを気づかんうちにソルが防いだって事か?ソルは強いのか?」

「ワシが信頼する男じゃからの。ここに来る騎士より強いぞ」


知らないうちに狙われていたらしい。何も気づかなかった。ソルさんがいなければ命がなかったかもしれない。今度からお菓子多めにあげてケンの事もついでに守ってもらおう。



「昨日の事になるが、外出について申請したのはケン殿か?」

「そうそう、申請書の書き方教えてもらったからさ。この自動翻訳機能みたいなの何なんだ?見たことない文字が読めるし、日本語で書いたはずが見たことない文字が書けたぞ」

「そうなんだよ、なぜか読めるの。だから魔術研究所の人達が長年かけて解読した古代文字みたいなのも読めて、ペース早いって褒められちゃった!」

「異世界人に対する女神様からの恩恵かの」

「呼び出したのは女神様じゃなくて人間だけどね」


冷めた瞳でシモンさんを見つめてあげると、居心地が悪そうな顔をした。


「まあそう言わんでくれ。少しだけ悪かったと思っとるよ。それで、三日後に街への外出許可が出た。条件として騎士を二名護衛として同行させること、当日中に戻ること、街の外には出ない事。騎士以外の者は同行不可とのことじゃ。ソルには留守番させとけばええ」


「ええっ?私がどれだけ申請しても通らなかったのに!それにソルさんの強さについて認識した途端にそれなの?」

「騎士二人つけて貰えたら十分なんじゃないか?申請が通ったのは俺のおかげだな!」

「嬉しいけど納得いかない」


外出当日のスケジュールや注意すべき点、持ち物などを教えてもらった。この世界に合わせた外出着が二人分、前日までに用意されるらしい。ケンはジーパンに黒の革ジャン、足首までの黒ブーツという異世界人丸出しな格好だったのできっとこちらの世界の簡素な服が用意されるのだろう。荷物は持ってなかったみたいだけれど取り上げられたのだろうか。モテそうな格好をしててそれが似合ってるので当日はどんなダサ男になるか楽しみ。

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