第5話 再召喚
「再び召喚の準備が整ったから召喚の儀があるぞ」
裏庭でお花に水をやっていると、シモンさんが現れて教えてくれた。すぐ近くでソルさんは雑草を抜いてくれている。薬草とかも生えているそうだが私には雑草との違いが分からないので、ソルさんに任せている。私は水を撒くだけで何となく申し訳ない。
「そんなに簡単に召喚しちゃって大丈夫なんですか?また失敗しちゃいますよ?私で失敗したことに懲りてないんですか?ていうか誘拐ですよね」
「床に描かれた魔法陣を少し改良してな。タケを召喚してからまた一ヶ月かけて魔法陣を描いたし聖女様が急かすからな」
「軽いなぁ。シモンさんお茶淹れるからちょっと待っててください。ソルさん雑草は明日にしちゃおう」
「タケ様、紅茶と緑茶どちらにしますか」
「緑茶がいいかな」
コップを三つテーブルに並べるとソルさんが手を洗ってから緑茶を淹れてくれた。茶葉など欲しいものを申請したら、時間はかかるがそれなりの物は支給されてくる。高級品ではなくてそれなりの物が運ばれてくるあたり持て余されている感が強い。文句は言えないけど。
ソルさんを貸し出してくれたのにシモンさんはそれから特に護衛をつけていない。以前は狙われる機会が多かったが、城内で地位を確立してからはシモンさんに何かするとその人の立場が危なくなるとかで、全く狙われなくなったらしい。お城って恐ろしい。
「魔法陣をさらに解析したところ、性別を書き込む空白が見つかっての。今度は男がくるぞ!」
「年齢の指定は?シモンさんみたいなおじいちゃんだったらまた失敗にされますよ」
「聖女様はジジ専かもしれん」
「護衛の騎士さんたち見てもそれ言えます?」
庭で何かの鳥が鳴いている。ぽかぽかとした陽気が暖かく、このまま書物室へ行くとうたたねしてしまいそうだ。シモンさんがお茶を飲む。ソルさんも無言でお茶を飲む。最近は三人でお茶を飲むことが増えてまさに茶飲み友達だ。
「……聖女様の好みの男性であることを祈りましょう」
シモンさんはお茶を飲んだらすぐに帰って行った。知らせに来てくれただけらしい。入れ替わりに残念な騎士さん達が見回りに来てくれる。
「タケ様、お変わりありませんか?昨日厨房で砂糖菓子をくすねて参りましたので差し上げましょう」
「やったー!ありがとう!」
「内緒ですよ?本来は聖女様の元へ届けられる予定でしたが、端が欠けていたので溶かされる寸前でした」
「聖女様いいもの食べてるなぁ」
一日数回見回りに来る彼らとは程よい距離を保てていて、貴重な私の情報源だ。彼らは私の行動の監視もあるだろうし、その代わりと言っては何だけれど、城内の出来事を面白おかしく話してくれる。これって二重スパイとかではないかと思ってしまう。探られる腹もないけれど。
騎士さんとの距離が近くなりすぎそうな時はソルさんがそれとなく牽制してくれる。私の近くまでにじり寄ってきた騎士さんが私の背後にいるソルさんを見て急に顔を引きつらせたかと思ったら後ずさってどこかに行ってしまう事が何度かあった。どんだけ怖い顔してるんだソルさん。
寝室のソファに座って、頂いた砂糖菓子を食べようと包みを開けていると、ソルさんが真横に立って私の手元を見ていた。ソルさんには移動音がない。気づけばそこにいるし、かと思えば草むしりしている。今のように寝室に普通に入ってくるし、私がうとうとし始めるとブランケットをかけてどこかに行ってしまう。いつ寝ているのかも、いつご飯を食べているのかも分からなかったので騎士さんたちから頂いたお菓子を使って餌付けしてみると、お菓子を食べる時には私の真横に待機するようになった。ご飯も一緒に食べてくれるようになった。餌付けに成功したのか?
ソファに座らせて、包みに入っていた金平糖のような砂糖菓子を二人で食べる。
「召喚されてくる人ってどんな人かなぁ?男の人って言ってたけど、もし女の子だったらこの部屋で一緒に住むことになるかもね!仲良くできるかなぁ?」
「男です」
「なんで分かるの?失敗するかもしれないじゃん」
「シモン様は間違えません」
「私、間違われたんだけど」
「…………」
翌朝、朝食を摂っているとシモンさんと黒ローブの人達が慌てた様子で家に駆けこんできた。ダイニングテーブルへ促すも断られ、玄関口で口早に喋りだす。
「召喚の儀が失敗してしもた!異世界人がこの家にくるから用意しとくれ!」
「危険な人物のようで、タケ様はお逃げください!」
「ほらぁ、やっぱり失敗したし、女の子じゃん!」
ソルさんを見て批難するように口を尖らせて言うと、目をそらされた。お菓子あげてるのにまだシモンさんの味方するとは、餌付けが甘いのかな。
「女ではない!今回は男が召喚された。しかしヤツは伝染性の重い病を罹っているという。聖女様でさえ近づくと罹患する恐れがあると男が言う為、聖女様のご提案でタケに治療させることになった!聖女様が治せぬ重病、能力を使ったこともないタケがどうこうできるはずがない!」
「聖女様はタケ様ごと始末されるおつもりだ!お逃げになったほうが賢明かと!」
「え、でも見てみないと分からないんじゃ?見た目で分かるようなヤバイやつですか?」
「外見は青年で健康そうに見えたが、どのような病かも分からん!」
「ここに向かってるんですよね?とりあえず離れた場所から観察してみるんで怖いなら家の外に出ててください。その人の名前とか分かります?」
シモンさんは震える手で小さな紙を取り出し、名前を読み上げた。
「ルシファー・ド・インフェルノ・パルス・カタルシス三世という名らしい。どこかの王族じゃろうか」
「ヤバそうなの来るなぁ」
怖がるシモンおじいちゃんからメモを奪い家の外へ追い出し、ソルさんと二人でドア前に立って待つ。シモンさん離れた木の陰から見てるけど、血圧上がってぽっくり逝かないか心配になってくる。他の黒ローブの人達は逃げろ逃げろと私に言ってきたが、最終的にはその人たちが逃げた。
しばらくすると城の裏口がある方向から一人の青年が歩いてきた。細身の長身で自然に流した黒髪。顔は日本人のように見えてかなり整っている。テレビで見た若手俳優に似てなくもない。勉強もスポーツもできる学校の人気者みたいな雰囲気が漂っている。人生何の苦労もしてないんだろうな、いや、今してるか。
「こんにちは。伝染性の病と聞いていますが、どのようにうつりますか?飛沫感染とか空気感染ですか?」
「直接触れなければ問題ない。この家へ行けと言われたが、違いないか?」
「ええ、どうぞお入りください。お茶をお出ししますね」
ソルさんが淹れた緑茶を疑いもせずに飲む黒髪の青年。見た目はピンピンしているが、病というのは本当だろうか。
「お名前をお伺いしてもいいでしょうか?」
「ああ、俺の名はルシファー・ド・レゾンデートル・ヴォイド三世だ」
「……え?」
手元のメモをこっそりと見る。名前違う?
「お前たち二人の名前も教えてほしい」
「えっと、横にいる彼がソルで、私は…ベニテング・タケと申します」
「…………」
「…………」
「毒きのこかよ!!おっきくなるやつじゃん!!」
「っっ?!日本人なの?!」
しばし呆然と見つめあう。ソルさんは不思議そうな表情で私たちを見つめてくる。
「……それって偽名よね?ルシファーって呼んだらいい?ってか本当にルシファーって名前だったりするの?」
「いや、本名言うとかSNSやってると安易に出来ないから適当に名乗っただけだ。ケンって呼んでくれ。あんたはタケ?あんたも召喚された?」
「私は綾香だけど、タケでいいよ。私は一ヵ月前に手違いで召喚されたの」
「そうかそうか。日本人ぽいなあって思ったんだよ!手違いってなんだ?」
「いやそれよりも病ってなに?難病とかなの?私が治せるかもしれないらしいから」
日本で治療法が見つかってなかったとしても、私の能力とか聖女様の能力で治せるかもしれないと意気込む。しかしケンは立ち上がりかけていた腰を椅子にストンと落とし、暗い表情で話し始める。
「俺の病はさ、……治療できないんだよ。日本でも色んな方法で試してみたけどダメだった」
「どんな病気か教えてくれない?私はお母さんがずっと入院してるから看護師さんから色々聞いてて、もしかしたら力になれるかもよ!」
同郷というだけで妙に親近感が沸いた。もしもこの異世界の能力とやらが役立つなら協力したい。使ったことないけど。
「発病したのは14歳の頃。ある日突然発症するんだ。そしてそれは伝染するように周囲に広がる。気づけばクラスの友人達も数人発病してた。誰が発端だったのかは分からない」
「その病気の名前は?そのお友達たちは今も患ってるの?」
「何人かは完治した。治るのも突然、気づけばケロリと治るんだ。でも、俺は……」
ケンは悔しそうに項垂れて、苦し気にこぶしを握り締める。
「どんな症状なの?苦しかったりするの?私はこっちに来てから状態異常回復とかいう能力が貰えたから、治せるかもしれないの!」
「本当に、治るのか……?この…病が………」
「治すよ!同じ日本人でしょう?協力させてよ!症状はどういったものなの?」
「症状は……右手が疼いたり、額が疼いたり、水を入れたグラスに葉を浮かべて力を注いでみたり、挙句の果てにはルシファーとか名乗ったりするんだ…」
「…………」
「…………」
「中二病じゃん!!」
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