クリスマスイブの、ボクとアリとの不思議な尊い思い出
明石竜
第1話
「健太、9歳のお誕生日おめでとう!」
「ハッピバースデー健太、そしてメリークリスマス!」
夕食の団欒時。パパとママは、ボクにお祝いの言葉を送ってくれた。
ボクの誕生日は、十二月二十四日。クリスマスイブと同じ日なんだ。
かわいそう、なんて言う子もいるけれど、ボクはそんな風には感じていない。むしろとっても幸せだ。
「それじゃ、消すよ」
ボクはクリスマスケーキ、つまりボクの誕生日ケーキに立てられたローソクを、フーッって思いっきり吹き消した。
一発で消すことが出来た。
「はい健太。たくさん召し上がれ」
そのあとママが切り分けてくれた。
パパとママの分もあるけれど、ボクの分が一番大きかった。
ローストチキンにフライドチキンにコーンサラダ……他にもたくさん、クリスマスのごちそうを用意してくれた。どれもとっても美味しかった。
「ごちそうさま」
ボクは、ケーキだけはほんの少しだけ残した。おなかいっぱいになったわけじゃない。これにはある理由があるんだ。
ボクは、残したケーキの入ったお皿を手に持って、自分のお部屋へ向かった。
「おいで。きみたちの大好きな甘いケーキだよ」
ボクは、机の上に置かれた飼育ケースのフタを取り外した。
ボクは、アリを飼っている。
幼稚園に入った頃だったかな? おばあちゃんちで、アリがお砂糖を運ぶのを見たことがきっかけで、それ以来ボクはすっかりアリの虜となってしまった。
アリたちを眺めていると、何か不思議な感じがしてくるんだ。巣の中には、アリたちの築く特別な世界が広がっているんじゃないかなって。
普段は、煮干やパンくずくらいしかエサに与えていないけれど、今日は特別な日だもの、ぜいたくなプレゼントを送らなきゃ。
ケーキの欠片を土の上に置くと、この時期、普段は冬眠中のアリたちが香りに誘われて、巣の中からぞろぞろ出てくる。そしてケーキをせっせと中へ運んでいく。
眺めていると、本当に楽しい。
そうしているうちに、ボクはいつの間にか眠りについていた。
気が付くとボクは、なんと飼育ケースの中に入っていた。
そしてボクの身長は、1センチくらいまで縮んでいた。さらにボクの目の前に、アリたちの姿が見えた。
ボクは、この中に暮らしているアリたちと、同じ大きさになっていたのです。
「うそーっ!」
ボクは当然のように、この状況を信じられませんでした。
「お待ちしておりました、健太さん」
「さあ、こちらへどうぞ」
「パーティー会場までご案内します」
「美味しい美味しいお料理がいっぱいありますよ」
「えっ!」
アリたちがしゃべった。これは絶対に夢だ。夢に違いない。でも、アリたちとお話しすることができるなんて――これはもう、現実だと思い込んで思う存分楽しもう!
ボクは驚きよりも、嬉しさの方がずっとずっと大きかった。
ボクはアリたちに招かれるままに、土の中に出来た巣穴の通り道を、奥へ奥へと進んで行く。
いくつか空洞状のお部屋があった。その中でも一番豪華だとアリさんたちがいうお部屋へ、ボクを案内してくれた。
『メリークリスマス! そしてハッピバースデー健太さん』
ボクがその部屋へ足を踏み入れると、大勢のアリたちが一斉に叫び、ボクを温かく歓迎してくれた。
「お母様が、健太さんを心からお待ちしておりますよ」
一匹のアリが言った。
ボクの前方に、年老いた女王アリの姿が見えた。
「あっ! もっ、もしかしてきみは、ボクが飼い始めて以来ずっと生き続けているメロンちゃん?」
ボクは一匹だけ目立つ、その女王アリには名前を付けていた。
言うまでも無く、ボクの大好きなあの甘い食べ物の名前からとった。
「そのとおりです。健太さん、毎年イブの日にこんな素敵な甘いケーキを下さり、本当にありがとうございます。毎年の感謝の意を込めて今年こそはと思い、健太さんをここへお連れしたのです。アリの世界のクリスマスパーティーをごゆっくりお楽しみ下さいね」
「ボッ、ボクのために?」
ボクは嬉しくて、嬉しくて、ポロポロ涙が流れ出た。
「わーい、サンタさんだ!」
アリたちの中には、ボクのことをサンタさんだと思い込んでいた子もいた。
ボクの名前は健太だけど、このさいどうでもいいや。
アリの世界のお料理って、どんなものが出されるのかちょっぴり不安だったけれど、きのこのグラタンとかオニオンスープとか、人間の世界のお料理といっしょだった。
食事のあとは、音楽会も開いてくれた。アリたちはヴァイオリンやピアノの演奏をしてくれた。その美しい音色に、ボクは夢中で聞き入っていた。
ボクは、最高のおもてなしをアリたちから受けたんだ。こんなに楽しいクリスマスを過ごしたのは初めかも。
「ワタシの子の寿命は、せいぜい1年ほど。だから来年には、この子たちはみんないなくなってしまうのです。ワタシは、健太さんが生まれるよりももっと前から生きています。でも、さすがのワタシもそろそろ限界です。今年が、健太さんに出会える最後のクリスマス、そして健太さんの誕生日となるでしょう……でも、来年からもきっと、別のアリたちが健太さんを招待してくれますよ、ぜひお越し下さいね」
別れ際に、メロンちゃんからこんなことを告げられた。
「うん……絶対行くよ」
ボクはちょっぴり寂しい気分にもなった。アリの寿命のことは、昆虫図鑑を読んで知っていたのだけれど。
巣の中を引き返す途中、ボクはまた、いつの間にか意識が遠のいた。
目が覚めたボクは、いつもの朝と変わらずベッドの上に横たわっていた。
起き上がってみると、机の横にサンタさんからのクリスマスプレゼントが置かれているのが分かった。
「……楽しい夢だったなあ」
ボクはプレゼントの中身を確認するよりも先に、アリたちの様子を見てみた。そっちの方がずっと気になるからだ。
普段と、何ら変わりなかった。
土の上で、メロンちゃんが安らかに眠っていたこと以外は……もしかしたら、本当に現実の出来事だったのかもしれない。
ボクにはそう思えた。
きっとボクは来年も、また新しいアリたちと出会って、楽しいクリスマスイブが過ごせることだろう。
クリスマスイブの、ボクとアリとの不思議な尊い思い出 明石竜 @Akashiryu
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