海がなくなる時

最早無白

海がなくなる時

 顔が天才すぎる……出会ってくれた親御さんへの感謝が止まらない……。


 いきなりではあるが、ここで一つカミングアウトしておく。

 私、笹路沖希ささみちおきは女の子が大好きな女だ。中学時代に男性恐怖症に陥ってしまい、好意を向ける対象が一つに絞れてしまっただけなのかもしれない。晴れて女子高に入学できた私は、案の定というか、同じクラスの枝垂凪紗しだれなぎさに恋をしてしまった。


 私は彼女の艶やかな黒髪に恋をした。『髪は女の命』とはよく言ったものだと、自分のと比較して分からされた。どこに行ったの、私のキューティクル。

 私は彼女の曇りのない瞳に恋をした。ぱっちりとした二重に長い睫毛。当の私は目を奪われてしまった。

 私は彼女の多彩な声に恋をした。柔らかな地声はもちろん、会話中におどける際の演技の幅広さには尊敬すら覚える。

 私は彼女の誰にでも分け隔てなく接する性格に恋をした。遠目に見ていただけの存在と相対した時の私の反応はというと……。


「あえっ!? あ、あああの……その……」


「あ、驚かせちゃった? ごめんごめん! え~っと、笹路さん……だよね? アタシは枝垂凪紗! これから一年間よろしくね!」


「はい……。よろしくお願い、します……」


「も~、表情がかったいぞぉ? ほら、にぃー!」「ひゃっ!」


 枝垂さんは私の頬をつまんでふにふにする。うぅ、表情は柔らかくなるけど、一時戻らなくなっちゃうヤツだぁ……。細い指から彼女の体温がじんわりと伝わる。それに合わせて私の脳みそもぐちゃぐちゃに熱くなっていく。この状況を一言で表すとしたら、


「ち、ちょっと……耐性ないですからぁ……」


「ん? 耐性? あ~、もしかしてアタシみたいなうるさい女が苦手な感じか~?」


「凪紗ー!」「お、呼ばれちゃった! じゃあまたねぇ~!」


 この有様である。はい、完全にキモがられた。生きがいだったのに。干渉しないことで幸せとクラス内での立ち位置を守っていたのに。さーて、私の華のJK生活終わりましたぁ~! 三年間が崩れる音がするぅ~!

 絶対好意なんだろうけど、私みたいな何のとりえもない陰キャは、枝垂さんみたいな陽キャと会話すること自体がダメなんだよぉぉぉぉ。うんうん、真の陽キャはそういうのに疎いから分からないんだよね。いいよ、いいんだよ。誇らしいことではあるからね。でもそれをよしとしない人が一定数存在していることも知ってほしいなぁ。


 

 枝垂さんを呼んだあの人は、私という枷が付くのを嫌った。だから無理矢理会話を終了させることで切り離した、ただそれだけ。価値の低い私と一緒にいたら、枝垂さんの価値まで下がっていく。所謂腐ったみかん理論だ。


 彼女に近づきたい。彼女の髪を、瞳を、声を、もっともっと間近で見たい……ってダメダメ。汚い欲望にふたをして、陰キャは陰キャらしく後方からそっと見守る。あくまでも本人や周りの陽キャ達に気付かれないようにっ……!?


「戻ってきたよん」


「ええええっ!? ちょ、なんで!?」「なんでってなんで?」


 枝垂さん、ダメなの! こっち来ちゃダメなの! あなたのような『尊い』存在は、私のような下等生物と接触しちゃダメなの!


「えっと……その、なんというか……。私なんかと一緒にいて、楽しいですか?」


「楽しいよ! だっての反応、面白いんだもん! それに……」


 ああああー! 下の名前で呼ばないでぇぇぇぇ! 後で絶対詰められる! クラスで居場所がなくなる! しかもそれにって……まだ何かあるの!?


「かわいいんだもん! ほら、ちょっと前髪上げて、メガネも取るよ~ん」


「え、ちょっと! やめてくださっ……」


 枝垂さんの細い指が私の輪郭をなぞる。拒むことはできなかった。


「いい! かわいい! てぇてぇ!」


「て、てぇてぇ?」


 今まで聞いたことのない反応の仕方。

 良いも悪いもたくさん言われてきたが、『てぇてぇ』はさすがに初めてだ。


「なんでこんなにかわいいのに今まで隠してたのさ?」


「それは……」


 正直、自分の容姿に自信があるかと聞かれたとしたら、私は『ある』と答えるだろう。ともいえる。

 幼い頃から私は周りにもてはやされていた。男子達は私と付き合うために仲良くしてくれた。私はそれを純粋な好意だと錯覚していた。

 中二の頃、私は友達の関係が上辺のモノだったことに気付かされる。


「実は……前から沖希のことが好きだったんだ! 俺と、付き合ってくれ!」


 気持ちは嬉しかった。だけど、友達の関係であることに大切さを見出していた。


「ごめん……友達のままでいたい……」


 彼は何も言わずその場を去った。翌日、いつものようにに挨拶をする。


「おはよう!」言葉は返ってこなかった。


 教室に着くと、黒板は私への悪口や根も葉もない噂話で埋め尽くされていた。よくよく考えれば、『整形』だの『阿婆擦れ』だの、中学生女子に浴びせていい言葉ではない。何の弁明もできず、当時の私はただその場で泣き崩れることしかできなかった。

 嫌味だと思われるかもしれないが、何かを得ることで何かを失うだけでなく、もともと備わっていたモノで何かを失ってしまうことだってあるのだ。


 以来、私は顔を隠すようになった。前髪を最大限に伸ばし、コンタクトもメガネに変えた。目立つことを嫌ったのだ。

 引き金となった『男子』という存在を意識の外に置けるように、私は誰とも干渉しなかった。共学ではなく女子高を選んだのもそのためだ。


 ここなら素の私が出せる、そう信じていた時期もあった。待っていたのは『陽キャ』か『陰キャ』かのふるいだった。面接も入学式も陰キャモードでこなしたので、素の状態にスイッチするタイミングを失ってしまい、見事陰キャとして三年間を過ごすこととなった。それなのに……。


 何重にも被った殻を、枝垂凪紗は破ってみせたのだ。


「ね、今日一緒に帰らない? ちょこっとアタシに


「ま、まあ……。別にいいけど、他の子が何か言わない?」


「ないない! だって今アタシは沖希ちゃんだけと話してるんだからさ~!」


「いや、そういう意味じゃなくて……」「ならオッケーってことで!」


 私と枝垂さん。沖と渚。決して触れ合うことのない二つが重なり、境界線うみはなくなっていく。

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海がなくなる時 最早無白 @MohayaMushiro

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